政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~



紗彩は驚きのあまり、思わずドアを開けてしまった。
明日は監査だというのに、山岡の行動はあまりにも不審だ。

「山岡さん」

誰かに連絡するなり、人を呼びに行くなりすればいいのに、その時の紗彩は何も考えられなかったのだ。

「紗彩さん! もう帰ったとばかり……どうして会社へ?」

「忘れ物があって戻ってきました。山岡さんはなになさっているんですか?」

山岡はいつもの人あたりのいい笑顔を向けてきた。だがその笑顔も今日はうさんくさく感じる。
わざわざ倉庫から建物に入っていたようだし、紙の文書は数年前で使わなくなったはずだ。
段ボール箱に投げ込んでいるのは、過去の書類としか思えない。
なぜそんなことをと考えたら、答えはひとつだ。今の山岡は表情を取り繕っているとしか思えない。

「ゴミがたまっていましてね。監査の前に綺麗にしておこうかと思いまして」
「山岡さんが今朝おっしゃっていたじゃないですか。書類にはいっさい手をふれないようにって」

「それは」

「元に戻してください」

紗彩の声は震えそうになる。
父や母が頼りにしていた人だから、ここまできても紗彩の中では『まさか』と思う気持ちが強かった。

「困りましたねえ」

首をひねりながらも、山岡はまったく困ってはいなさそうだ。

「あなたが金子さんと結婚してさえくれたら、こんなことにはなっていなかったんですよ」

「私のせい? 金子さんと結婚しなかったせいで、どうなったって言うんですか⁉」

紗彩が追及すると、山岡はやれやれといった顔をする。

「お母さんといい、あなたといい、大人しくしていればいいものを」
「私たちなら騙せるし、扱いやすいとでも思っていたんですか?」

思わず紗彩も大きな声になる。

「父はあなたを信頼していたのに」

「これだからお嬢さまは扱いにくいんだ」

とうとう山岡が本性を現してきたのか、憎々し気に紗彩をにらんでくる。

「山岡さん、今からでも正直に話してください。悪いようには……」

そこまで言いかけたところで、紗彩は激しい痛みを感じた。大きなスパーク音と同時だ。
体中にビリビリとした痺れを感じて、そのままどっと床に倒れ込む。
体の自由がきかないので、頭や手足をガンガンとどこかにぶつけたようだ。

なにが起こったのかわからないし、目もよく見えなくなってくる。
焦る気持ちはあったが、動けないまま紗彩は意識が遠のいていくのを感じていた。






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