政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~
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「なんてことをするんだ。秋葉」
「だって、このままだとこの子、警察に連絡しそうだったじゃない」
「これから脅してやろうと思っていたところだ。厄介なことになったぞ」
紗彩の背後からそっと近づいて、首筋にスタンガンでショックを与えたのは秋葉涼子だった。
「金子のボンを呼んだら、喜んで飛んできたのに」
「悪いこと考えるのね、あなたって」
「黙らせるには体を使うのが一番だろう」
温厚な普段の顔とはまったく違う下卑た表情だ。そんな男を秋葉はうっとりと見つめている。
「よくこんなもの持っていたな」
「護身用よ」
そう言いながら秋葉はスタンガンをバッグにしまい、コートのポケットからUSBを取り出す。
「あなたが探しているのはこれでしょ」
「秋葉! 処分が必要なのは昔の書類だけじゃないのか?」
「そうね、五年前は酪農家とのやり取りは書類だったもの。でも、すべてこの中に入れたわ」
慌てて山岡は書類の束を片づけようとするが、手が震えているのかバラバラとデスクに落とす。
「それならそうと言ってくれ!」
「だって、あなたったら最近まともに話してくれないんですもの」
いつも伏し目がちで口数が少ない秋葉が、大胆に山岡にすり寄っていく。
「おいおい、今はそれどころじゃないってわかっているだろう?」
「あなたが社長になるって言うから、何年も協力してあげたのに」
「それは……」
「社長になったら奥さんと別れて、私と結婚してくれるんでしょ」
「あ、ああ」
「はっきりさせて! 私もう四十になるの! 子どもだって産みたいのよ!」
ヒステリックな叫びに山岡が口ごもったのを見て、カッとなったのか秋葉はデスクにあった書類をまき散らした。
「この際、はっきりさせて! 別れるんでしょ、奥さんと」
「別れるわけないだろ! 今はそれどころじゃないんだ」
慌てて書類をかき集めながら、山岡も面倒になったのか言葉使いが乱暴になってくる。
「なんですって!」
秋葉はギラギラした目つきで山岡を見据えた。
「このUSBに入っているのは、あなたが何年も生産者に圧力をかけて仕入れ価格を誤魔化した証拠よ」
「おいおい」
「自分のふところに全部入れてきたくせに。私がこれを持って警察に行ったらどうする?」
「私を脅迫するのか⁉」
「嫌だったら、すぐに奥さんと別れて私と結婚して!」
秋葉の言動はいつになくエキセントリックだ。山岡もこれはおかしいと気がついた。
厄介な女に手を出してしまったと、今さらのように後悔したがもう遅い。
「とにかく、今は書類とUSBを持って逃げよう」
「チョッと! 私から逃げるっていうの!」
秋葉とは会話が成り立たないと思ったのか、山岡は後ずさりしながら段ボール箱をひとつ抱えた。
「許せない!」
秋葉は手あたり次第、近くのデスクにある物を山岡に投げつける。