政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~



「とにかく、君が無事でよかった」

結都は紗彩の手を握った。
それからポツポツと紗彩に聞かせるように、自分の過去の出来事を話し始めた。

「幼いころ、この街のデパートで火事にあったことがあるんだ」

人混みの中で迷ってしまい、取り残されてしまったこと。
まだ小さかったから、怖くて怖くてひとりしゃがみ込んで震えていた記憶。
そんな時に抱き上げて助けてくれたのが消防士だった。

そんな思い出話を結都は語りかけた。

「今でも夢に見る、恐ろしい記憶だ。でも、俺は助けられたんだ」

食い入るように結都を見つめる紗彩は、なにを思っているだろう。

「あの時、俺は死ぬかもしれなかった。その経験があったから、絶対に消防士になるって決心したんだ」

紗彩は黙ったまま、結都の話を聞いている。

「研究室の前の廊下に倒れている君を見つけた時、どうにかなりそうだった」

紗彩が大きく目を見開いたが、みるみる涙が浮かんでくる。

「覚えているわ。あの時、結都さんの声が聞こえた」
「無事に君を助け出せてよかった」

瞳からホロホロとしずくを流しながらささやく。

「大丈夫だって、絶対に助けるって言ってくれて、安心して、嬉しくて……」

それ以上は言葉にならないようだった。

「君を助けるために、俺は消防士になったのかもしれないな」

冗談めかして言うと、紗彩の細い指がゆっくり結都の顔に伸びてきた。

「愛しているよ、紗彩」

結都は軽くその手を握ると、その指先にキスを落とした。
満足そうにうなずく妻が、誰よりも愛しく、誰よりもかわいくて額や頬にキスをした。
このまま続けたら、病院だというのに我慢できなくなりそうだ。

「目が覚めたって、連絡してくるよ。皆が待ちわびているからね」

ふたりだけで過ごしたいが、事件が事件だけにそうも言っていられない。
誰よりもそれがわかっている結都は、紗彩のそばが名残惜しくもあったが病室から出ることを選んだ。






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