政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~



紗彩も警察でいろいろと質問されたが、山岡が書類を段ボールに入れていたのを見ただけだったので、聞き取りはすぐに終わった。
そもそも秋葉が自首した時にほとんど話していたから、大まかな事件の背景は明らかになっていた。

五年前からの横領はほぼ山岡の独断で行われ、秋葉は誤魔化すのを手伝っただけのようだ。
ただ自首したとはいえ、本社ビルでの放火と紗彩の殺人未遂の罪からは免れられない。

すべてを話し終えた秋葉は、すっかり心が壊れてしまったらしい。
自分が何をしたのか、山岡のことを愛していたのかどうかもわからない様子だという。
それが犯してしまった罪に対しての罰なのか、紗彩には答えられなかった。

この事件は新聞やニュースで大きく報道されたが、会社の不祥事というより山岡と秋葉の不倫関係が世間の注目を集め、梶谷乳業はすっかり被害者になっていた。

やがてあちこち逃げ回っていた山岡は東南アジアに逃れようとしたところ、関西国際空港で逮捕されたというニュースが伝わってきた。横領していた金は、外国の銀行でプールしていたようだ。
山岡は裁判を受けて、きっちり罪を償うことになるだろう。

母は信頼していた山岡と秋葉に騙されていたことに、かなりショックを受けていた。
それでも梶谷乳業の社長を責任を取って辞職すると申し出てからは、重い荷物を下ろしたようで穏やかな表情に戻っていた。
辞職を受けて臨時の役員会が開かれ、株主総会を経て梶谷乳業は正式に白川ホールディングスの傘下に入ることが決まった。
新社長は白川ホールディングスの人材の中から、結都の父が信頼する人物になる予定だ。




***




一年後の春。
標高五百メートルくらいの鈴ケ鳴高原でも桜の花が咲く季節になった。
開花は平野部に比べて少しばかり遅いが、カタクリやタチツボスミレなどの山野草に続いてコブシ、梅、桜がいっせいに開くのだ。
放牧場も一面の緑に覆われて、高原が最も輝く季節かもしれない。

紗彩の兄は、牧場近くにログハウスを建てた。
孫の守だけでなく、母になにか生きがいをと兄夫婦が考えたらしく、ここで乳製品をメインにしたおしゃれなカフェを開くそうだ。
どうやら母にオーナーとして働いてもらうつもりらしい
おっとりとしたオーナーと、濃厚な牛乳を使った美味しいデザートはすぐに高原の名物になるだろう。

「困ったな」

真新しいログハウスのテラスで、義父が「困った」といいつつ、とても嬉しそうに紗彩に話しかけてくる。
日本の都市部ではなく、あえて地方に滞在型のホテルを所有したいという外資系の企業が、鈴ケ鳴高原を気に入ったそうだ。

「うちが建ててもよかったんだが」

「あらあら、今日も仕事の話しなの?」

義父との会話を遮ったのは、その辺りの散歩から帰ってきた義母の千穂だ。
紗彩と結都の結婚式の日だから、今日くらい仕事の話しはやめてとにらんでいる。

式といっても入籍はとっくに済んでいるから、家族だけに集まってもらってささやかに祝うことになったのだ。
白川家では豪華な式を挙げたかったらしいが、結都がログハウスがいいと言いだしたのをあっさりと認めてくれていた。

「いや、困ったというのはふたりの子どもの将来のことだよ」

また義父が、困ったことを言いだした。







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