政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~


「なあに、子どもの将来って」

怪訝な顔をする妻に、大真面目な顔で正親が相談し始めた。

「白川ホールディングス、梶谷乳業、どれを継いでもらおうかと思ってね。十年後にはもっと会社が増えているかもしれないし」
「嫌だ、まだそんなこと言ってるの?」

あっさりと義母が否定するのを、紗彩と結都は黙って聞いていた。
紗彩は白いミディ丈のウエディングドレス。ハイウエストで、たっぷりとしたギャザーがお腹をかくしてくれている。
安定期に入ったから、華奢だった紗彩も少しふっくらしてきたようだ。
結都は消防士の礼装だ。濃紺地に金モーㇽが幾重にも連なるように肩から下がっている凛々しい姿だ。
初めて夫の礼装を見た紗彩は、思わず見とれてしまったくらいだ。

カフェのテラスは広めに造られている。
今日はいくつかのガーデンテーブルとイスが並行して並べられ、チャペルのようだ。
テーブルには白いバラとアイビーが飾られて、手すりに巻かれた薄いピンクのリボンが高原を渡る爽やかな風に揺れている。
春の午後、穏やかな日差しに恵まれて、まさに結婚式日和だ。

「あなたってば、頭が固いのよ」

白川夫妻の会話は続いている。

「なに?」

「子どもは授かりものよ。子供の将来は結都夫婦に任せておきなさい」
「でもなあ……」

それ以上は聞く耳持たないとでもいうように、千穂は紗彩の母とおしゃべりを始めた。
千穂の手にはスマートフォンが握られている。

「あら、珍しいお花ですね」
「さっきそこで見つけて、写真撮ったのよ」

どうやら千穂が撮影してきた花の写真をふたりで見ているようだ。

「これ、名前がわからないの。スイートピーみたいでしょ?」
「たぶん、連理草(れんりそう)じゃありませんか」

スマホを見て答えたのは榊原だ。今日は正親からカメラマンの役を仰せつかっている。
カメラの腕はプロ並みだというが、どうやら草木の名前にも詳しいらしい。

「細長い葉が対になっているでしょう?」
「あら、ホント」
「だから連理って呼ばれているそうです」

「榊原さん、お仕事以外もよくご存知なんでもですねえ」

母が感心したように褒めると、榊原は照れくさそうにコーヒーカップを手にした。
このところ、忙しいはずの榊原がよくこの辺りで見かけられている。
カフェオープンに向けた手伝いと言いながら、高原に癒されているのかどうなのか、誰も本人には聞けないでいる。

「花言葉はご存知ですか?」
「たしか、永遠の喜び? とか、連理というくらいですから今日にふさわしいでしょう」




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