1日限りのニセ恋人のはずが、精鋭消防士と契約婚!?情熱的な愛で蕩かされています


「紗彩、開けてくれ」

ドアをノックしながら結都が声をかけている。
あまり強くはないが、ドアを叩く音は途切れない。

「説明させてくれ、紗彩」

いつになく焦った声を聞きたくなくて、紗彩は耳を塞いだ。

「疲れているの」
「紗彩!」

拒絶しているとはっきり伝わったようだ。

ノックの音が消えて、かわりに結都が階段を駆け下りていくのがわかった。
玄関のドアが開いたと思ったらバタンと閉じられ、駐車場のシャッター音が聞こえた。
結都が自分の車でどこかに出かけたのだろう。
今夜、この家に結都がいるのに耐えられそうになかった紗彩はホッとした。
希実の家に泊めてもらおうかと思ったくらいだ。

きちんと話しをするべきだと思うのに、体が拒否してしまうのだ。
結都との『子ども』をリアルに感じてしまうと、どうしても意識してしまって顔すら見られなくなる。

紗彩だって、いつか子どもが欲しいと思っていた。
愛する人と結婚して、子どもを産む日がくるものだと漠然と思っていた。
だが、現実に紗彩が選んだのは政略結婚だ。
お互いの利益だけで成り立っていたはずなのに、結都には子どもが必要だった。

もし結都が父との約束を正直に話してくれていたら、自分はどうしただろう。
ありえないとは思っているのに、結都と子どもがいる風景が勝手に頭の中に浮かんできてしまった。
紗彩がこれほどショックを受けているのは、それを望んでいる自分に気がついたからだ。

嬉しそうに赤ちゃんを抱いている結都、子どもをあやしている結都、それを見て微笑んでいる自分。
それが余計に悲しくて、とうとう紗彩の目に涙が浮かんできた。
泣きたくないのに、ベッドにうつぶせになると涙が止まらない。

悲しいのか悔しいのか、もう紗彩の心はぐちゃぐちゃだ。

紗彩にひとつだけわかったのは、結都を求めているということだ。
結都の子どもが欲しいと、彼と結ばれることを願っているのだと、紗彩は自覚した。











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