あなたを見詰めていたくて
 ぼんやりと飲んでから布団に潜り込む。 最近はテレビも見なくなったな。
週末になるとユーチューバーがやってきて心霊探しをしている。 あんまりにうるさいやつも居る。
聞いた話では上の方まで行ったやつらがゴミを撒き散らして帰ってるのが見付かったとか、、、。
幽霊さんよりそっちのほうが傍迷惑だよ。 若いやつらは本当に何をしたいのか分からない。
 ユーチューバーを仕事だと思っている人間もたくさん居る。 自分もやっているから言いたくは無いが、これはまともな仕事じゃない。
 物好きが高じてやらせてもらってるだけだろう? 金が入るから仕事だと思っていい気になるやつが増えるんだ。
有名になれてもヒーローになれたわけじゃないんだからね。 見てくれる人が多いからって人気者になったんじゃないよ。
 ユーチューバーなんて芸能界以上に浮き沈みが激しいからね。

 翌日、会社に着いた私は一階事務室の前で社長に会った。 「お、元気そうだね?」
「まあ、取り敢えずは。」 「取り敢えず、、、か。 仕事はどうだ?」
「今迄みたいに出歩くことが無いからどうも、、、。」 「そうか。 君は営業だったんだもんな。 でもまあ頑張ってくれよ。」
 社長はポンポンと私の肩を叩いて行ってしまった。 「おはようございます。」
そこへ木村沙織が通りかかった。 「ああ、おはよう。」
「今日も3階ですか?」 「そうだよ。 私は総務部だから。」
 沙織はエレベーターに乗るとボタンを押した。 そういえば、秘書室とは関わったことが無い。
知っている人が居なかったわけではない。 ただ上の階に上がる用事が無かっただけ。
3階に着くと軽く会釈をして私はエレベーターを降りた。 「さて頑張るか。」
 総務部の部屋に入る。 副部長の田山徹が書類を確認している。
「ああ、おはようございます。」 沢谷真子も顔を上げた。
 机に着くと昨日のメモを読み返す。 「最近はメンテナンスが多いなあ。」
「新設のやつはそんなに無いからしょうがないよ。」 「それもそうだな。」
 9時になると始業のチャイムが鳴る。 管理部も一斉に動き始める。
駐車場から何台かの車が走り出て行った。 会社の前は大通りである。
 この通りをまっすぐに行くと中央病院が在る。 そこへ向かう救急車が引っ切り無しに走っている。
もちろん、エレベーター事故で運ばれた人だって居る。 そのたびに申し訳ない気持ちになるのだ。
 自分が管理を任されていないエレベーターであっても気持ちは変わらない。 事故が起きた日は夜も寝れないくらいなのだ。
長い間、外仕事をしてきたが、街の様子もエレベーターの装いもビル街の風景も変わってしまったね。
 昼まではあちらこちらの部署から投げ込まれる報告やら手続きやらの書類を確認している。 いい加減に肩が凝って辛くなってくる仕事だ。
(さっさと抜け出して一息入れたいもんだな。) 私がそう思っているとみんながニヤッと笑った。
 「あと30分ですよ。」 誰かの声が聞こえた。
腕時計を見ると確かにそうだ。 「さて、あとひと踏ん張りだね。」
「今日は何を食べようかなあ?」 「おいおい、腹が減ってる時にそれは無いよ。」
 吉田大輔が真面目な顔で言うものだからみんなはドッと笑い出した。
「そんな、、、、、。 みんなで笑わなくても、、、。」 「いいじゃないか。 大輔君は人気者なんだよ。」
(人気者ねえ。) 「なんだよ、沢谷さんまで。」
「ごめんごめん。」 真子は立ち上がると窓の外に目をやった。
 向かい側には文房具屋が在る。 筆記用具などを買いに行っている店だ。
その店の前に不審な男が一人、、、。 手にポリタンクを持っている。
 「ねえねえ、大輔君、あの人おかしいと思わない?」 真子が真剣に訴えるので大輔も外を見た。
 「あれは確かにおかしいな。」 「どれどれ?」
みんなも揃って窓の外に目をやった。 「あのポリタンクは、、、?」
 「そうだ。 ガソリンでも入れてるんじゃないのか?」 「だったら危険だぞ。」
 話し合っている間に男は辺りを見回しながら何処かへ行ってしまった。
「あれ? 居なくなったぞ。」 「変だな。」
「何も無ければいいんだが、、、。」 「それはそうと昼飯 食べに行こうよ。」
「そうだった。 それどころじゃないんだよ。」 「さあさあ、午前中の仕事は片付けて食べに行こう。」
 私も書類をまとめると部屋を出た。 その時、、、。
「火事だ!」という甲高い声が聞こえてきた。 「何だって?」
 大迫孝之が窓を開けて見回しているが、、、。 「文房具屋の隣から火が出てる。 消防車を呼んでくれ。」
そう言って階段を駆け下りて行った。 そこは花屋である。
 ここの店主は優しそうなおじいちゃんでね、花のことなら何でも教えてくれる人だ。 その店がなぜ?
店の前は野次馬がごった返していて大変な騒ぎになっている。 あの男も逃げ回っているらしい。
 しばらくして消防車と救急車が慌ただしくやってきた。 「よし。 放水作業 開始!」
消防士たちが走り回っている。 救急隊員も中の様子を見ながらタンカを準備している。
 私はというと消火作業が始まったのを見届けてからエレベーターに乗った。 「今からお昼ですか?」
沙織さんも騒ぎをずっと見守っていたらしい。 「そうなんですよ。 いきなりの騒ぎで、、、。」
「花屋さん 何事も無ければいいけど、、、。」 「そうですよね。」
 一階に下りると事務室も大騒ぎである。 「いやいや、ここに逃げてこられても困るんだけどなあ。」
そう言いながら逃げてきた野次馬たちを事務室に入れている。 警察官も聞き込みをしているようだ。
 私は雑踏の中を食堂へ向かった。 ここは花屋とは反対側に在るから大丈夫みたいだ。
「お、空いてるな。」 店の一番奥のテーブルを見付けた私はそこへ走り込んだ。 「ご一緒、いいですか?」
そこへ沙織さんもやってきた。 「どうぞどうぞ。」
 こうして初めて私と沙織さんは向かい合ったわけだ。 やがて店員が来た。
 「いつもありがとうございます。 ご注文は何になさいますか?」
「そうだな、私は天丼にするよ。」 「じゃあ、私はオムライスで、、、。」
 店員が行った後、私はホッとして水を飲んだ。 「会社 長いんですか?」
「ああ、営業から入ったからね。 もう30年くらいになるかな。」 「そんなに?」
「驚いた?」 「もっと若いのかと思ってました。」
「もう立派なおじさんだよ。」 「おじさんには見えませんが、、、。」
 沙織はクスっと笑ってティッシュを取り出した。



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