あなたを見詰めていたくて
 沙織は見たところ、まだまだ30代だろうか。 優しそうな眼をしている。
火事場の方はまだまだ鎮火するには至らないらしい。 何しろ、いきなりだったからなあ。
 「火事、長引きそうですね。」 「そう思うかい?」
「ポリタンクを持った男の人が居たでしょう? 怪しいなと思いながら上から見てたんですよ。」 「あいつはいったい何処から来たんだろう?」
「最初は雑貨屋さんを狙ってたんですよ。 でも気付かれてしまって逃げたんです。」 「雑貨屋?」
「そう。 ここの裏通りに在るお店。」 「でもそれをなぜあなたが?」
「私用で出掛けたんです。 ご飯を載せるプレートを姉に頼まれてたのを思い出して。」 「そっか。 それで雑貨屋に?」
「はい。 そしたらちょうど逃げ出すところに出くわしてしまって、、、。」 「睨まれなくて良かったな。 ああいう男は見られるのを極端に嫌がるから。」
「余程に慌ててたんでしょう。 脇目も降らずって感じでしたから。」 「それでこっちの通りに出てきたんだね。 最初は文房具屋を狙っていたんだけど、、、。」
「でもあそこは真正面から見えます。 私が会社に入ろうとしたところも見てたんでしょう。 それで慌てて隠れたんですよ。」 「その上で花屋を狙ったわけか、、、。 どうしようもない男だなあ。」
 昼食を食べていると営業部長が入ってくるのが見えた。 「おーおー、誰か居ると思ったら、、、。」
「安井君、火事場の様子はどうだい?」 (何とか落ち着きそうだ。 落ち着いてもらわないと営業に行った連中が戻れなくなる。」
 そこへパトカーが走ってきた。 「今度は何事だ?」
「さあねえ。 犯人でも捕まえたんじゃないですか?」 「だといいがなあ。」
「じゃあ、お先に。」 そう言って私と沙織さんは店を出た。

 通りはまだまだ混乱している。 「気を付けてください。 まだまだ消火作業は続行中です。」
「まだ燃えてるなあ。」 「うん。 隣にも燃え移ってるみたい。」
「あれじゃあ、しばらくは混乱するなあ。 まいったなあ。」 「何か?」
「今日は重要な会議が入ってるんだ。 県庁からお偉いさんが来るんだよ。」 「それじゃあ、、、。」

 まったく、どうしようもないことだ。 その後、総務課では会議の一週間延期を決定したのだが、、、。
 「しかしまあ、昨日の火災はすごかったねえ。」 「結局、3軒が全半焼なんでしょう? どえらいことですねえ。」
「まったくだよ。 この通りも再開発しないといけなくなる。 とんだことをしでかしてくれたもんだな。」 社長も困り果てた様子である。
 3年ほど前にリニューアルしたばかりの通りで真昼間に大火災を起こされてしまった。 幸いにも花屋を恨んだ事件ではなかったのだが、、、。
「相手は誰なんでしょう?」 「聞いてみたがどうも分からん。 花屋が在った辺りで商売をしていた男の知り合いだと言うんだけどね。」
 その話を聞きながら私はふと思った。 (花屋の在った辺りで? ということはもしかして柳沢蓮太郎のことか?)

 花屋が在った辺りには昔、玉沢商店という中規模の商店が在った。 繁盛しているいい店だったが、再開発のために立ち退きを求められていた。
立ち退きを良く思わなかった店主の直也は柳沢に相談した。 「いいだろう。 懲らしめてやるよ。」
 蓮太郎は説得に来た役所の人間をダンプで轢き殺してしまった。 それを重く見た県庁は行政代執行を命じたのである。
もちろん、蓮太郎はバリケードで抵抗したが突入された警官に逮捕されてしまった。
 その後、再開発は強行されて今の姿になっている。 蓮太郎は裁判中に留置場で自殺している。
私がなぜこの話を知っているのか? それは友人の中に新聞記者が居たからである。
 彼は「極秘ネタだ。」と言って私に教えてくれたんだ。 無茶な話だよな。
 「おいおい、、その話は何処から仕入れたんだ?」 「これは極秘です。 友人との約束ですから。」
「そうか。 それじゃあしょうがないな。」 興味を持った社長もそれ以上に踏み込めないと知ると部屋へ戻って行った。
 花屋の燃えた跡はあの特有の臭いが漂っている。 ケガ人すら出なかったのが幸いしたのか、人々は後片付けに追われている。
私は書類をまとめながら窓から眼下を覗いた。 野次馬たちもようやく引き上げたらしい。
 「それにしてもひどい燃え方だなあ。」 「あれじゃあ暫くは営業できないぞ。」
「しかも花屋の裏まで燃えてるじゃないか。」 「裏?」
「見てみろよ。 あれだよ あれ。」 船山浩作が指差す方向にみんなして目を向ける。
 確かにそこには籤を売っている小さな店が在った。 それまでが跡形も無く消えてしまって居る。
「何だ、、、籤売り場が在ったのか。」 みんなは顔を見合せた。
 「さてさて、それはいいとしてだなあ 仕事を進めないと、、、。」 副部長 永山敏明が窓際に集まっている職員に声を掛ける。
「そうだそうだ。」 みんなは我に返ったように椅子に座った。
 「そこでだ。 南地域のマンションなんだが、、、。」 今月の管理割り当ての話が進んでいる。
私はメモを取りながらふと沙織のことを考えた。 (あの人は何処に住んでるんだろう?)

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