さりげない、あと
「三瀬くんってさ、」
「はい」
「得意なことってある?」
三瀬くんが不思議そうに私の方を見た。その端正な顔が案外近くにあり、私は戸惑いながらパソコンの画面に顔を向ける。
「得意なこと、ですか?」
『なんで急に?』そんな疑問を含ませた声色に私は苦笑いを浮かべる。そういえば彼と話す時、仕事以外の話題をあまりしてこなかったかもしれない。
「人生のうちにさ、『得意なことなんですか?』って聞かれることよくあると思うんだよね。
学生の時とかさ、面接の時とか色々」
「確かにそうですね」
「きかれたときなんて答えてるの?」
三瀬くんはボールペンの端を顎に当てて考え込む。三瀬くんくらいの完璧超人だと得意なことなどありすぎてどれを言おうか迷っているのだろう。
「星子さんは、なんですか」
「え、」
「得意なこと」
割と真剣な顔をして質問返しをされたものだから、教育係としての威厳を少し考えてしまう。
まあ、仕事が始まる5分前に息を切らせながら出勤してくる先輩に威厳もクソもないのだけれど。ああ、クソ、ね。
「マヨネーズで巻きグソつくること」
こぼれ出た自らの言葉は吐き出されたら、いくらすごい吸引力の掃除機でも吸い取ることはできない。
「ま、まきぐそ?」と綺麗な顔には似合わない言葉が彼の口から溢れる。
「今の数秒間忘れること可能?」
「えっと、星子さんの得意なことはマヨネーズで、」
「メモ取らなくていいから!」
ボールペンを握る彼の手を必死で止める。
しばらく無言になった彼の肩が小刻みに揺れていた。
「み、三瀬くん?」
「っ、すみません、あの、なんか、星子さんって、その、くっ、はは」
堪えきれていないのでもう盛大に笑ってほしいものだけれど、なんというか真面目な後輩をここまでツボらせたのはすごいことなのかもしれない。
おい、会社の女ども、みてみろ笑顔めっちゃかわいいから。
「はあ、すみません、笑ってしまって」
「いーえ、おあとがよろしいようで」
「星子さんって、いい意味で小さい頃から性格変わってなさそうですよね」
「それはどういう?」
「失礼だったら申し訳ないですけど、他の女性みたいな大人を武器にしてこないっていうか」
「色気がないってこと?」
「そういうわけではないです、すみません気を悪くしましたか」
私の顔色を伺うように覗き込んできた三瀬くん。色気がないとは散々言われてきた。
20代半ばを過ぎていても、だ。
ちらりと最近買ったお高めのスニーカーに視界を落とす。やっぱり棚の奥底にしまったパンプスは復活させるべきだろうか。
「気を悪くなんてとんでもない、笑ってくれる三瀬くんもなかなか子供だけどね」
「2つしか変わらないじゃないですか」
「精神年齢の話よ」
「確かにそうですね」と笑みを浮かべた三瀬くん。
先ほどの少年のような笑みとは少し違い、どこか仮面を被ったような大人ぶったような笑みを浮かべていた。
そういえば、彼の得意なことってなんなのだろう。