さりげない、あと
僕たちの秘密の時間が始まった。
「ドキドキする胸キュンラブストーリーにもっていこうとしてるのに、いきなり侵略してこないでよ悪党め!」
「ちょっとした試練も必要だよ」
「ワンド死にかけてんじゃないの!」
貧乏で何も持っていないワンドは侵略してきた悪党に半殺しにされている。
星子はお姫様のリンデルに自分を投影していると思った。
物語の男にみっともなく嫉妬をした。
星子との物語は交互に物語を書いてきてそれをお昼後の休み時間に2人で感想を言い合う。
星子が理想のプリンセスの物語をかけば、次の日に僕がそれを歪めていた。彼女はそれに毎回怒っていたものの、少し面白がっているようにもみえた。
「そもそもリンデルの気持ちが『あいまい』なんだよ。ワンドだけじゃなくて、色んなイケメン王子から言い寄られて嫌な顔しないだろ、それはどうかと思うよ」
「いいじゃない、別に。あくまでも物語なんだから」
「この悪党集団は、そんな曖昧すぎるリンデルに試練を与えてるんだよ。さあワンドが死にかけてるぞ、どうやって助けるんだ。
まさか他のイケメン王子に走るんじゃないだろうな」
「さすがにそんなことしないもん!
魔法の薬とかでワンドを復活させる」
鉛筆を握りしめてノートに書き始めた星子。
僕はその丸っこい字を眺めながら上がる口角を抑えられないでいた。
「星子」
「なに?」
「悪党集団の名前、『アイマイ』ってどうかな」
「名前つけちゃうとこれからも出さないといけないくなるでしょ、早く自分の国に帰ってもらわないといけないから!」
「どうしてだよ、まだアイマイの野望は達成されていない。貸せ、僕が書く」
星子の手からノートを奪おうとするが、ひょいっとそれは避けられてしまった。
そして星子は頬を膨らませる。順番的には次は星子が物語を紡ぐ番ではあった。
「次は星子の番!」
はっきりとそう言われてしまい、僕はおずおずとその手を引っ込めた。
彼女が差し出した魔法の粉でワンドはいとも簡単に生き返るのだろう。ちくしょう、早くくたばれワンド。お前は顔だけの人間だ。
「帰ってゆっくり書く。ヨウくんが意地悪ばっかり横で言ってくると書けないもん」
2人だけの空間になると、星子は自分のことを「ヨウくん」と呼んでくれるようになった。
それだけで満たされる気分だった。
「中学に行っても、変わらず仲良くしてくれる?ヨウくん」
屈託のない笑みでそう言った星子。僕は、がらにもなく泣きそうになってしまった。
無理だよ、星子。
僕は、否定も肯定もしないまま下手くそな笑みで返した。