さりげない、あと
「星子も僕も、どんな大人になってるのかな」
「なに?急に」
「あと10年もすれば、僕たち大人だろ?何やってるかな」
10年。近いようで遠く感じる。
ただ、星子と自分が一緒にいることはないだろうと思った。
当然だ。僕たちはまだ子どもである。
「特に何も変わらないよ。このまま大人になって普通に働いて普通に結婚して普通に死んでいくんじゃない?」
今、星子が想像している未来に僕はいるのだろうか。いないんだろうなあ、こんなちっぽけな僕なんて。
「普通ってなんだよ」
「うーん、分かんない。私は大人になっても何も考えずただお皿のうえにマヨネーズでうんち作ってると思う」
「はあ?」
星子の言っていることがすぐには理解できなくて顔を歪めた。マヨネーズ?うんち?またとんちんかんなことを言ってやがる。まあ、かわいいけど。
「ええっ、やらない?マヨネーズをお皿の上に出すときに、くるくるって」
ああ、なるほど。
「やらないよ、バカじゃないの」
「やらないかあ」
「リンデル姫はそんなことしないだろうな」
「なっ!」
星子の顔が分かりやすく赤くなる。
そんな様子をみて僕はクスクスと笑った。
そして星子は自らを投影させているかわいらしいお姫様がマヨネーズでうんこを作るところを想像したのか、「そうかあ」と口をへの字にまげた。
「ちなみにリンデル姫はどこぞのプリンセスと一緒でガラスの靴を履いているけど、星子姫はああいう女の子らしい靴は持ってるの?」
「持ってないよ。なんか走りにくそうだし」
「リンデル姫になりたいんじゃないのかよ」
「も、持つもん!大人になったらお母さんがもってるような、歩いたらコツコツ音が鳴るような可愛い靴、待つ予定だもん!」
頬を膨らませてそう言った星子。
星子はどんな大人になるんだろう。想像したら、早く大人なりたくなった。
だからこれ以上は虚しくなるだけだから考えないようにした。
どのみち、僕はろくな大人にはならないだろう。
消えかかっている手の甲の星の跡を僕は視界に入れた。
一生、消えないものにしたい。
星子の手をみると、星子の手の甲のそれも消えかかっていた。
星子のペンケースから黒のペンを取り出す。
「ヨウくん?」
「星子はさ」
星子の小さな手をつかんで、手の甲に薄くなった線をなぞるようにまた星を描く。
「星子は、変わらないよ」
「え?」
「変わらない、何も」
また、星子を見つけ出せるように。
星子が僕を見つけてくれてもいい。
そう願いを込めなら僕はあとを残す。
「大人になってもマヨネーズでうんこ作ってるし、コツコツ鳴る靴なんて履かない」
そう言って、歪な星をみて微笑む僕に星子は「なにそれ」とケラケラ笑いながらペンを持って反対の手で僕の手を握る。
そして同じように薄くなった線をなぞった。
「じゃあ、ヨウくんは大人になってもスター国に侵略してくる悪党集団みたいに」
「アイマイな」
「アイマイみたいに、意地悪ばっかりして心優しい人たちをいじめるのかなあ」
「違うよ、いじめるなんてことはしない」
それでは、星子を仲間はずれにしているあの女たちと一緒じゃないか。
「好きだから」
「え?」
「僕だけをみてほしいから、スター国でひと暴れしてるってだけ」
「えええ?どういうこと?」
何を言っているのか理解できないという顔をして顔をあげた星子。
手の甲の星は綺麗な形で出来上がっていた。
嬉しくなって僕は笑う。
まだ、星子と僕の物語は続くんだ。