さりげない、あと
手の甲に書かれた『あと』
その手に握られているのは軽いにも程がある1枚の手紙だ。
「かわさきくんが、好きなの」
本音を言えば、「で?」である。
だからなんだと言うのだ。
僕はもうすぐここを離れるし、この歳で告白をされたところで何になるというのだ。一生隣に居続けられるとでも思っているんだろうか。無理に決まっている。
僕たちはまだ子供だ。
流れ出て行きそうになるヘドロのような本音たちをごくりと飲み込んで、僕は下手くそな笑みを浮かべる。
「嬉しいけど、好きな子がいるんだ」
「それって星子のこと?」
隠しきれていない嫌悪感。
「そうだよ」と言ってしまえば終わる話なのだけれど、ここで肯定してしまえば星子の居場所はより窮屈になっていくんじゃないかと心配になった。
けれどめざといもので、少しの沈黙により肯定と理解したのか、目の前の女の子は「やっぱりね」とため息混じりに言った。
「星子のどこが好きなの?あの子面白くもなんともないじゃん」
結構な言われようだ。まあ星子の面白さをこの女の子に説明して理解してほしいだなんて微塵も思っていない。
「僕と星子が仲良くしているのが気に入らなくて、仲間はずれにしてるの?」
「べ、別にそういうつもりじゃないし、りかちゃんが星子といても楽しくないって言ったから」
自信がなさそうに俯き加減でそう言った。
都合の悪いことになると、すぐに人になすりつけ自分は悪くないと言い張る。
まあ、そういうものなのだろう。
達観しているわけではない、自分もそういう悪気に満ちた考え方をよくしているから。
そして目の前の女の子は、何かを思いついたように顔を上げた。
「かわさきくんが、星子と仲良くせず私と一緒にいてくれるなら星子とも仲良くする!」
「…なんて?」
思考が理解できず、自分の口からこぼれたとは思えない低い声がでた。
僕と星子が仲良くしなければ、星子の仲間はずれをやめると。
何を言ってやがる、こいつ。
へたくそで無様で、視界にも入れたくない薄っぺらいラブレターを僕はくしゃくしゃに握りしめた。
「嫌い」
「え?」
「お前のこと、嫌いだよ」
相手の顔が今にも泣き出しそうに歪んだ。ひどいこと言われた被害者のように。自分の方がよほど醜いことを言ったというのに。
「もういい?星子と約束があるんだ」
「ま、まって、かわさきくん」
「これさ」
今にも飛んでいきそうなラブレターを相手の前に突き出す。
「かわさきの『さき』漢字間違ってるから」
恥ずかしさと、惨めさが押し寄せてきたのだろう。顔を真っ赤にした女の子はついにはしゃがみ込んで泣き出してしまった。
僕はなぐさめるなんて気はさらさらなかったので知らぬふりをしてその場を離れた。