さりげない、あと
お昼後の休み時間、無駄な時間を過ごしてしまったせいで星子との時間が減ってしまった。
駆け足で空き教室の戸をあける。
窓際の机の上に座って、足をゆらゆらと泳がせていた星子が顔を上げた。
「おそーい!」
「ごめん」
「一回教室探しに行ったけどいなくて、もう今日は来ないかと思った」
「ちょっと呼ばれて」
「先生に?」
「まあ、そんなところ」
適当に濁して僕は星子の座っている机の前にある椅子に座った。
そして星子を見上げる。
「続き、みせてよ」
「むふふふ、悪党集団『アイマイ』の好きなようにはさせまい」
そう言って、僕の前にノートを差し出す。
ノートを受け取り、星子が書いた新しい続きを読んでいく。
リンデル姫とワンドとのうぶな恋模様は、突如侵略してきた悪党集団「アイマイ」によって打ちのめされていく。
ワンドはアイマイによって今にも死にそうな状態だ。
そこでリンデルがワンドに飲ませたのが、スター国に眠る魔法の薬。
「レホメディ?」
聞き慣れない、言い慣れない言葉に僕は一文字一文字を目で追いながら口にだせば、星子は得意げに鼻を鳴らした。
「星子がつくった言葉だよ。惚れ薬をなんかいい感じにもじったの」
「なんで惚れ薬なんだよ、ワンドはすでにリンデルのこと好きだろ?死にかけてる時に惚れ薬って」
「恋の力を増幅させて、ワンドに生き返ってもらうのー!」
何が恋の力だアホらしい。だけど、星子の考えそうなことだなとも思った。
「薬って英語でなんだろうって思って、調べたの!メディシンって言うんだって、知ってた?」
「まあ、うん」
「知ってたかあ」
1つの英単語で一歩先をいく大人になったような顔をする星子がなんともかわいらしい。
なるほど、惚れ薬で「レホメディ」か。
小さく頷きながら続きを読み進めた。
復活したワンドは「アイマイ」のトップと対峙することになる。
そしてそのトップの顔は仮面で隠れているという設定らしい。
ここから戦いが始まるというところで終わっていた。
「アイマイのトップの名前、何がいいかな」
星子が僕にそう問う。
名前、か。何がいいだろう、と鉛筆を顎に軽くバウンドさせながらいくつかの単語を思い浮かべる。
そういえば、父の本棚に眠っている古い本を読んだ時に出てきたイタリア語なんてどうだろうか。
確か、危険は『ペリコロ』という。
「ペリクってどう?」
星子は「ペリク」と言葉を復唱して、響きが気に入ったのか意味も聞かずに「いいね!」と瞳を輝かせた。
「でねでね!ペリクは、仮面で顔を隠してるでしょ?実はイケメンって設定なの!」
「でたよ、またイケメン」
「いいじゃない、顔を隠してるっていうのにロマンが生まれるの」
「ふーん、で、リンデルはまさかペリクに惚れたりしないだろうな」
「まさか!リンデルにはワンドがいるもの」
なるほど、ワンドはさすが手強いな。
僕はノートに敷き詰められている文字を脳内で映像として想像してみる。
今、リンデルの彼氏ワンドと悪党集団アイマイのトップであるペリクの戦いが幕をあけている。
なぜ、この2人は戦わないといけないんだろうか。
そもそも僕が思い描いていた「アイマイ」の野望はスター国に眠るお宝をすべて我が物にして、ついでに国ごとのっとるという、悪党上等の素晴らしい野望だったが。
その野望と守るものがリンデルだけというただのイケメンワンドでは強さに差が出てしまわないだろうか。
「よし、じゃあペリクの狙いは『レホメディ』にしよう」
「え?」
「戦う理由が必要だろ?スター国のお宝は『レホメディ』として、アイマイはそれを狙ってスター国の侵略にきた」
星子の書いた物語の下に自らの文字を連ねていく。
これが最終決戦だとすると、この物語はここが佳境なのだろうか。
少し早い気もするが、卒業までの期間を考えると妥当だと思う。
「なるほど!じゃあ、ペリクはリンデルのことが好きなのね!」
「っ、な」
「当然じゃない!だってレホメディを狙ってるんでしょ、つまりそれを奪ってリンデルの心を我がものしたいってそういうことでしょ?」
すーぐ色恋にもっていくのだから星子は。
とそっけない顔をしてみたものの、どうしてもワンドと対抗できる何かがほしいと思ったのは確かだった。
まあいいや、それで。
僕はそういう心情を書き慣れておらず、鉛筆をノートに挟んでそれを閉じた。
またゆっくり書こう。