さりげない、あと
「資料を忘れるなんて何を考えているんだ川北!アホにもほどがあるだろ!仕事なめてるならやめちまえ!」
いつもならうるさいじじいだと聞き流している怒号も、今日は痛いほど刺さる。
本当にその通りです申し訳ございません。
これ絶対家に帰ったら泣くやつ。
「申し訳ございませんでした」と深々と頭を下げた。
周りの目も痛いのでこのまま地面に埋まりたい気分だ。
「僕が星子さんに甘えていたのが原因です。資料のチェックは最後まで僕がやるべきでした」
隣からそんな声が聞こえて顔を上げた。ずっと黙って聞いていた三瀬くんだ。
「何もかも新人だからと僕が甘えていて、星子さんに頼っていたからです。僕の責任です申し訳ございません」
「ま、まあいい。2人とも反省しているのは分かった。次は絶対に気をつけろ」
三瀬くんの言葉とその冷静な雰囲気に多少狼狽えながらそう言った上司。
2人でトボトボとデスクに戻る。
項垂れた私を横目に三瀬くんはパソコンの電源をつけながら小さく笑う。
「本当に星子さんのせいじゃないですよ、俺が役にたたない後輩だから。すみません。星子さんは念入りに準備してたのに」
「今優しい言葉かけないで泣きそう」
それに、彼はすぐに臨機応変に対処したではないか。焦って頭が真っ白になっていた私とは違う。
デスクに額を乗せ、視界を閉ざす。
いつもそうだった。大事なところでいつもミスをする。
「別に泣いてもいいですよ」
「後輩の前では泣けない。というか、三瀬くんっていつも冷静だよね。」
私と違って。
何事もそつなくこなして、落ち着いているしあれだけ怒鳴られても顔色変えなかった。
資料がなかった時もそうだ。瞬時に理解して対処してたし。なんだか、自分がとてもみじめだ。
「まあ、俺は怒鳴られ慣れてるんで」
「え?」
「星子さん」
名前を呼ばれ、顔を上げるとくるりと椅子ごとこちらに向いた三瀬くんが私の両手を掴んで少し引き寄せた。
「な、なに」
三瀬くんが私の手の甲をさらりと撫でる。バカみたいに心臓が跳ね上がった。
三瀬くんの目が閉じて、また開く。少し雰囲気が変わったように思えた。やっぱり三瀬くんは不思議だ。
手の甲に丸い感触が軽く押されて、私はそこに視線を落とす。
「昔から、得意なことなんてなかったんですよ俺。だから、こうやって褒めてもらわないと前に進めなかったんです」
「これ、」
「なつかしいでしょ、『よくがんばりましたスタンプ』」
手の甲に押されたそれは赤い文字で「よくがんばりました」と書かれておりその下にはクマのイラストがかかれている。
小学生のころ提出したものが手元に返ってきた際必ずこういうスタンプがおされていたのを思い出す。
こんなのを持っている三瀬くんも面白い。