さりげない、あと





「お前、潜入調査行ってこい」

しばらく日にちが経った頃、溝口先輩からそう言われた。あからさまに嫌な顔になった俺に先輩は軽く俺の頭をはたく。

「やれと言われたらやれってんだ」

「…なんで俺なんですか」

「適任だろ、その訳のわからん『スター国物語』のことについて知っているのはお前で、今、お前だけが頼りなんだから」

「川北星子を調べるつもりですか」

「小学校と名前さえ知ってれば、今何してるかなんてすぐに調べたら分かる。

重要なのは、その川北星子がペリクかどうかだって話だ。
お前、小学生の頃、川北星子と接点はないんだろうな。一言でも喋ったことがあるとするなら今回の潜入はできない」


「学年も違いましたし会ったことも喋ったこともないです」

それに自分は5年の時にあの街を離れている。
正直、川北星子の顔も知らなければどんな人物かなんて分からない。物語は女の子が好みそうなプリンセス物語と少年漫画のようなバトル系が混在していてよく分からない話だったのは最近徐々に思い出してはきていた。おそらく星子はプリンセス物語を好んで書いていた方だ。

だとしたら、もう1人の方にも疑いをむけられる。おそらく物語の中で『アイマイ』などの名前と悪党集団をつくりあげたのは達筆の字の方だ。
だが、そいつの素性は全く分からない。

先輩の言うとおり、星子を調べればそこもはっきりしてくるのだろう。


「潜入調査だが、専門のやつらにアドバイスきいてこい。心配だからな、お前無愛想だし」

「…アドバイスなんて聞かなくてもできますけど」

「お前、キラキラの爽やかな後輩演じられるのか」

「…たぶん」

「心配しかねえが、ひとまず爽やかに笑っとけば上手くとは思うぞ、お前ツラだけはいいからな!」

豪快に笑った先輩がそう言って俺の肩を数回叩いた。覚えた、こんな感じでは笑わない。

そんなことを思っていれば、先輩は周りの目を気にしながら俺の方に顔を寄せた。相変わらずタバコ臭えな。


「アイマイの仲間は星のタトゥーが入ってるって言ってだろ、やむを得ない場合は服ひっぱがして調べれば早い話だ」


「それ俺が犯罪者になりますけど」


「まっ、上手くやれや、これで成果上げないとお前を殺すからな!」


時代錯誤も甚だしい言葉を俺に吐き捨てて去っていく先輩に小さく舌打ちをした。

恩師である長谷川先生はおそらくあのノートを本人に返しているはずだ。だとすれば持っているのは星子となる。
あらゆる用語が今の犯罪組織と全く一緒なのはおそらく偶然ではないだろう。
『レホメディ』などとふざけた名前なんて、思考が同じやつじゃないとつけない名前だ。

ひとまず、あのタバコ臭い先輩のいう通り、今のままでは自分はボロを出すだろうと思った。

小さな小さな鏡の前に立つ。

「爽やかな、後輩、か」

ひとまず笑ってみた。「はは」と声を出す。
気持ちが悪い。
だが、ここでやりきらないと俺は下っ端の刑事のまま死んでいくだろう。
あの先輩のためじゃない、俺は俺のために成果をあげるんだ。




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