キスより甘い毒りんご
「こちらへ。どうぞ、寛いでくださいね」

ママが社長さんとマネさんを連れてリビングに戻ってきた。

ダイニングの食卓用テーブルだと、なんだか家族の団らん感が出てしまうから
リビングでコの字型のソファにテーブルを囲んで座る形になった。

「今日、ご主人は?」

「出社しております。最近は残業も増えて、休日は寝てばかりなんですよ」

ふふ、とママが笑って社長さんは「ご家族の為にご立派です」と言った。
ママは冗談だとはっきりと分かる、どこか揶揄(からか)うような声で「あら。愛する娘と私の為なら当然ですよ」って言った。
社長さんは「いやこれは……参りました」って言って、また笑った。

「娘が夏休みに入る少し前から主人が忙しくなり始めて。そのタイミングで白雪ちゃんがうちに来てくれたんです。賑やかになって私達は本当に白雪ちゃんの存在に救われたんですよ」

「ママさん……」

「えぇ。森野……白雪はそういう存在です。アイドルとして、ご声援をいただいている方々にはもちろん、私ども会社の人間もどれだけ励まされているか。ですから今回のようなことが起こって、安否に関わらず肝の冷える思いでした。白雪だけじゃない。新美も大切な存在ですから」

社長さんがマネさんのことを″大切な社員″じゃなくて″存在″だと言ったことに
胸がキュッとした。

業務を全うするだけの存在じゃなくて一人の人間として尊重していることが伝わってくる。

「白雪ちゃん……あの日、一体なにがあったの」

白雪ちゃんがそっと私の手のひらに触れた。

マネさんが「僕から説明させてください」って言った。
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