キスより甘い毒りんご
「運転中は本当に大丈夫だったんですか……」

「車の中で少し休んでから……もう視界が狭まってくることもなくなっていました。野々井家に向かうより、僕のマンションのほうがもうかなり近くまで来ていることも分かっていました。だから最適解は自分の部屋に戻ってとにかく白雪さんを休ませることだと思いました。マンションに着いたら着いたで、よりにもよってあの日はエレベーターが故障していて」

「知ってます。だから私と結も階段を駆け上がりました」

「僕の部屋は五階です。白雪さんはグッタリしていて五階までを自分の足で上らせるわけにはいかなくて。背負う形で上っていきました。だけど……」

「あと少しで」

「はい……。階段の途中でまためまいが襲ってきて、どんどん音が遠のいて……ふわっと足が宙に浮いた感覚がしました。まだ不幸中の幸いと言いますか……四階の踊り場までは上って、そこからはまだ二、三段くらいしか足をかけていませんでした。咄嗟に白雪さんを振り落とす形になって……どうにか後頭部に手だけは添えられてたと思います……」

「私は意識を飛ばしてたわけじゃなかったけれど新美さんの下から這い出る余力がもう無かったの」

「白雪さんには本当にとんでもないことをしました。どうお詫びすればいいか……」

「しょうがないわよ。不可抗力だったわ。でもあのままじゃ私、本当に死んじゃうかもって思った。ポケットからなんとかスマホを抜いてほとんど手探りでののに電話をした。スマホを耳に当てることもできなくて、どうにか聴こえてきたののの声に助けを叫ぶことが精一杯だった。そこからはもう記憶は曖昧で……」

「電話をくれて本当によかった。もしも遅れてたら……」

「新美くん。これからは自己判断で無理をしないように。白雪もきみも軽率に扱われていい存在じゃないんだ。何かがひとつズレていたらきみ達には最悪な結果が待っていたかもしれない。肝に銘じて、今後二度と同じ過ちを起こさないと約束してくれ」

「はい。誓います。社長に」

「私も。本当にごめんなさい」

社長さんが頷いて、それからもう一度私とママに向かって頭を下げた。
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