溺愛のち婚約破棄は許しません  副社長は午前零時に愛を絡めとる
「ありがとうございました」

 果林が深々とお辞儀をして総務課会議室から退室するとエレベーターホールの革張りのソファに見覚えのある後ろ姿が座っていた。短く刈り上げられた襟足、手櫛でかき上げた自然なオールバックの髪、幅広の背中は上質な仕立てのスーツを身にまとっていた。

「宗介さん」

「あっ、果林さん面接は終わられたんですか?」

「はい!」

 果林が親し気に宗介に駆け寄ると総務課の社員たちは驚いた目で一斉に振り向いた。

「・・・・?」

 女性社員が小声で話しているが聞き取れない。果林が不思議そうにしていると宗介がソファに座りませんかと座面を指差した。

「宗介さん、このまえは素敵なお花をありがとうございました」

「どういたしまして。私としては果林さんのお誕生日ですからもっとキラキラした物を差し上げたかったのですが」

「あっっ!誕生日!」

 宗介は左手を開いて見せたが果林にとってそれはどうでも良い事だった。日々の忙しさで忘れていたが薔薇の花束を手渡された日は果林の誕生日だった。

(まさか、誕生日までチェックしていたとは!)

 決して悪い人物ではないのだがここまで詳しく自身のプロフィールを把握されているとなると気味が悪い。

「26歳おめでとうございます」

「は、ははは・・・誕生日、ありがとうございます」

「そこでもうひとつあなたにプレゼントがあります」

「えっ、そんな!もう頂きましたし!」

「これです」

 差し出されたのは白いカッターシャツだった。

「これは」

Apaiser(アペゼ)企画部入社のお祝いです」

「え、なんで」

 まさに今、総務課会議室で入社の内定を言い渡されたにも関わらず宗介はその事を把握していた。

(・・・・・Mサイズ)

 そしてカッターシャツのサイズまで合っている。

(恐るべし、辻崎宗介)

 

ーーーー6月15日



 果林は新品の白いカッターシャツのボタンを留め鏡を覗き込んだ。

(良い感じ)

 化粧はナチュナルに仕上げ口紅は宗介から贈られた小町紅をうっすらと塗った。黒いパンツのベルトを締めると気分も引き締まった。

「頑張るぞ!」

 羽柴果林、勤務1日目の朝。
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