溺愛のち婚約破棄は許しません 副社長は午前零時に愛を絡めとる
果林は戸惑いながらも企画室の一員として有意義な提案をして皆を驚かせた。実店舗に勤務していた経験から菓子工房やカウンターの位置、ダイニングテーブルやソファーの配置まで無駄がひとつも無かった。
「果林ちゃん、逸材じゃないか」
「宇野」
「果林ちゃんを採用したいと言い出した時はおまえのただの気まぐれだと思ってたよ」
「そうか」
「果林ちゃんの提案は冴えてる。カウンターから奥のダイニングテーブルまでの動線が最短距離で無駄がない」
「そんなに褒めるなよ」
「なんでおまえが照れるんだよ」
天井の梁には秋田杉、フローリングの床材候補にアサダや柞の木などはどうかと知識も豊富で周囲を驚かせた。
「羽柴さん、詳しいのね」
「昔、父が建具屋を営んでいたので」
「なるほどね!確かにこの素材なら傷みも少なそうね」
「果林ちゃん、頑張ってるなぁ」
「そんなに褒めるなよ」
「なんでおまえが照れるんだよ」
新店舗はガーデンテラスに芝生が広がり辻崎のシンボルツリー欅の樹が植樹されていると図面には記されていた。ところが果林は宗介に言いつけられ2階の現場に立ち入ることが出来なかった。
「どうして私はお店を見に行ってはいけないんですか?」
新店舗の基礎工事の進捗状況は順調に進んでいた。
「宗介さんどうしてですか?」
「工事中だから危ないからです」
「他の皆さんは行かれていますよ?」
「それは、その、とにかく危ないからです」
実際の理由は他にあった。chez tsujisakiのフロアに果林を行かせる訳にはゆかなかった。それは木古内和寿が果林を血眼になって探していたからだった。 事実、chez tsujisakiの真の菓子職人パティシエールは果林だった。素材の仕込みや焼き加減、エスプレッソの一杯までもが果林の手腕に支えられ、また穏やかで温かみのある接遇に社員は癒しを求めchez tsujisakiを利用していた。
「なんで客が来ねぇんだよ!」
果林不在のchez tsujisakiにはお飾りのパティシエとアルバイターだけが残り和寿が作るケーキには愛情が感じられず杉野恵美の粗雑な接遇に金銭を払う価値など無かった。そして自然と客足は遠のいた。
「ちょっと!私のお給料がまだ入金されていないんだけど!?」
「うるせぇ!辻崎に払うテナント料がねぇんだよ!おまえにやる金なんかねぇよ!」
「そんなのただ働きじゃない!」
「なんも働いてねぇだろ!」
「ひどい!これでも頑張っているのよ!」
恋人関係になった杉野恵美との関係も殺伐とし苛立ちが隠せない。それでも昼になれば菊代が無銭飲食にやって来る。
「ばばぁ!なに呑気に昼飯食ってんだよ!皿の一枚も洗えよ!」
「和ちゃん!ママに向かってなんて言葉遣いなの!」
「もう来るな!出てけよ!」
そこで和寿は果林を連れ戻そうと躍起になってその行方を探していた。