溺愛のち婚約破棄は許しません 副社長は午前零時に愛を絡めとる
「よし!」
果林は鏡の中で髪をまとめハーフアップに掻き上げると後毛をヘアワックスで整えた。口紅は宗介から贈られた小町紅を塗り26歳相応の女性らしい雰囲気を醸し出している。今では男性社員が振り返るまでに垢抜けた。
「羽柴さんって可愛いよな」
「今度飲みに誘おうかな」
宗介は男性社員の果林へと向ける視線が面白くなく廊下では果林を壁際に押しやりその姿を隠すように歩いた。
「ちょっ、宗介さん歩き難いです!」
「そうですか?」
「少し離れて下さい、転んでしまいそうです!」
「転びそうになった時は私が支えてあげます」
「そんな意味では無くて、お願いします、ちょっと離れてください!」
「果林さんは・・・・・私が嫌いですか?」
「そんな意味では無くて!」
しかしながらApaiser企画室では果林を壁際に隠す訳にはゆかなかった。宗介は眉間にシワを寄せながら果林に話し掛ける男性社員の背中を睨み付けた。
「なにかご意見がございますか」
「ない」
「背中に辻崎さんの視線が痛いような、この壁紙がお気に召さないでしょうか」
「君の存在がお気に召さない」
「は、はぁ?」
兎に角この調子だ。
そしてApaiser店内に使用する床材は果林の意見が取り上げられ柞の木のフローリング、壁紙は白のキャンバス地、土壁は薄い黄土色を使用する事に決まった。テーブルや椅子は茶系で強度が高く衝撃に強い胡桃科のヒッコリーの木を加工した特別注文の物を設る事になった。
「重厚で温かな感じが素敵ですね、宗介さん?あれ?」
果林が振り向くとそこに宗介の姿はなく宇野が微笑んでいた。
「宇野さん、宗介さんここにいましたよね?」
「あぁ、あいつは他に仕事があるからね」
「他の仕事があるんですか」
「そう、仕事があるのにここにサボりに来るんだよ」
「そうだったんですか、てっきり企画室のメンバーなのかと思っていました」
「そう思うよね〜」
「はい」
「それよりもさ、入社のお祝いにこの後一緒にランチしない?」
「わぁ、良いんですか!ありがとうございます!」
「chez tsujisakiに行く?」
「それはやめておきませんか?」
「それもそうだね」
宗介は自身の業務を放棄してApaiserの企画室に度々顔を出していた。それは果林に悪い虫が付かないか気が気ではなく必死に通い詰めていたのだ。 ところがその悪い虫は果林の身近に存在した。
「ここだよ」
港に程近い隠れ家のようなその店の名前はスミカグラス鞍月。日本家屋の外観、燻した木材の格子戸を開けると店内は落ち着いた色合いの北欧風に姿を変えた。
「わぁ!素敵!」
「この店の内装も辻崎が手掛けたんだ」
「だから温かみがあるんですね、素敵です」
ウォールナットの美しい木目、艶やかな手触りのテーブル、天井からはペンダントライトが暖色系の明かりを灯しアイボリーのカーテンが空調に揺れた。 そして2人はウンベラータの隣のテーブルを選んだ。大きな窓枠いっぱいのガラスからは初夏の日差しが降り注いだ。
「ご注文はお決まりでしょうか」
目の前にレモンの輪切りが浮かんだグラスが置かれ、おしぼりがセッティングされた。果林はメニュー表を広げて見た。
「ペペロンチーノ、ペペロンチーノが食べたいなぁ」
「良いね」
「でもガーリックの臭い、みなさん嫌がらないでしょうか?」
「大丈夫、大丈夫、俺も同じものを頼むから」
「駄目ですよ!それじゃ臭いが2倍になっちゃうじゃないですか!」
「それもそうだね!でも果林ちゃんだけにんにく臭いのは恥ずかしいでしょ?」
「うっ、それはそうですけれど」
「だから僕らは運命共同体、2人は共犯者だよ」
「共犯者」
「食べたい物を好きな時に好きなだけ食べる!これこそ至福なり」
「宇野さんは好きなだけ食べても太らないんですね、良いなぁ羨ましい」
「あぁ、スポーツジムに通っているからね」
「そうなんですね!じゃあ腹筋割れてますか?」
「割れてる、割れてる」
「そうなんだ」
宇野はスーツの前をはだけて見せた。
「なに、見たいの?今度・・・・触ってみる?」
「・・・・・ええっ!」
果林の顔は真っ赤に色付いた。
「なに驚いてるの、耳まで真っ赤だよ」
「だって、突然すごいこと言うからびっくりしました」
「すごいことねぇ」
果林はこれまで男性と付き合った事が無かった。黒目がちな瞳は可愛いと評判でボーイフレンドもいた。しかしながらどの男性とも友人止まりで男女交際に発展しなかった。
「え、果林ちゃん可愛いのに男の人と付き合った事ないの!?」
「可愛いとかお世辞でも言わないで下さい」
「え、目とかくりくりで大きくてチンチラみたいで可愛いよ」
「・・・・チンチラ」
「あ、地雷踏んじゃった?」
「良いです、どうせチンチラにモモンガです」
「小動物系女子、可愛いじゃない」
「私は大人の女性になりたかったです」
「まぁまぁ、それはそれ、個性という事で」
そこへガーリックの香りが香ばしく赤唐辛子が目にも鮮やかなペペロンチーノがテーブルに運ばれて来た。オリーブオイルが絡まった艶々としたパスタが湯気を立てている。
「宇野さん、食べて良いですか!」
「どうぞ温かいうちに」
「いただきます!」
「今日は果林ちゃんの入社祝いだからどんどん召し上がれ。デザートも注文する?」
「えっ!良いんですか!ありがとうございます!」
「うーん、でも市場視察で経費で落とすのも有りかな?」
「ええ、それはアウトですよ」
「あ、やっぱり?」
心地よい音楽が流れる店内、宇野は思い付いたように顔を上げた。
「そういえば、お父さんが建具屋をしていたって言ってたよね。建具屋はもう辞めたの?」
果林の顔色が変わった。
「父と母は私が高等学校の時に交通事故で亡くなりました」
「え、ごめん。ご愁傷さまでした」
「ありがとうございます」
「大変だったね」
「いえ、叔父も居ましたし遺してくれたお金で短期大学にも通うことが出来ました」
「その後専門学校に?」
「はい、母がよくケーキを焼いてくれたので私も作ってみたくて資格を取りました」
「そうだったんだね」
「はい」
「だから果林ちゃんのケーキは温かい味がするんだ」
「え?」
「いや、宗介の受け売りだけど俺もそう思ったよ」
「ありがとうございます」
「果林ちゃんと一緒に仕事が出来て嬉しいよ。Apaiserはきっと成功する、頑張ろうね」
「はい!」
宇野がフォークでパスタを巻き取ると湯気はすっかり消えていた。
「あぁ、パスタが冷めちゃったねごめん」
「本当だ」
「今度は冷めない料理をご馳走するよ」
「なんですか」
「フランス料理のフルコースとか」
「わぁ、フルコース!食べたことないです!」
2人は笑顔でパスタを口に運んだ。
「ご馳走さまでした!」
「今度はフランス料理だよ」
「はい!楽しみにしています!」
「じゃあ、ゆびきりげんまん」「嘘ついたら」「針千本の〜ます」「指切った!」
果林と宇野は小指を絡めて次の食事の約束をした。その姿を対向車線の車の中から愕然とした表情で見遣る宗介の姿があった。
「う、宇野が・・・果林さんと!」
歩行者信号の赤が青に変わり横断歩道を渡った2人はコインパーキングへと消えた。程なくして宇野の白い車が左にウインカーを出した。果林は満面の笑みで宇野と会話をしていた。宗介は横を通り過ぎる2人の笑顔を目で追った。
果林は鏡の中で髪をまとめハーフアップに掻き上げると後毛をヘアワックスで整えた。口紅は宗介から贈られた小町紅を塗り26歳相応の女性らしい雰囲気を醸し出している。今では男性社員が振り返るまでに垢抜けた。
「羽柴さんって可愛いよな」
「今度飲みに誘おうかな」
宗介は男性社員の果林へと向ける視線が面白くなく廊下では果林を壁際に押しやりその姿を隠すように歩いた。
「ちょっ、宗介さん歩き難いです!」
「そうですか?」
「少し離れて下さい、転んでしまいそうです!」
「転びそうになった時は私が支えてあげます」
「そんな意味では無くて、お願いします、ちょっと離れてください!」
「果林さんは・・・・・私が嫌いですか?」
「そんな意味では無くて!」
しかしながらApaiser企画室では果林を壁際に隠す訳にはゆかなかった。宗介は眉間にシワを寄せながら果林に話し掛ける男性社員の背中を睨み付けた。
「なにかご意見がございますか」
「ない」
「背中に辻崎さんの視線が痛いような、この壁紙がお気に召さないでしょうか」
「君の存在がお気に召さない」
「は、はぁ?」
兎に角この調子だ。
そしてApaiser店内に使用する床材は果林の意見が取り上げられ柞の木のフローリング、壁紙は白のキャンバス地、土壁は薄い黄土色を使用する事に決まった。テーブルや椅子は茶系で強度が高く衝撃に強い胡桃科のヒッコリーの木を加工した特別注文の物を設る事になった。
「重厚で温かな感じが素敵ですね、宗介さん?あれ?」
果林が振り向くとそこに宗介の姿はなく宇野が微笑んでいた。
「宇野さん、宗介さんここにいましたよね?」
「あぁ、あいつは他に仕事があるからね」
「他の仕事があるんですか」
「そう、仕事があるのにここにサボりに来るんだよ」
「そうだったんですか、てっきり企画室のメンバーなのかと思っていました」
「そう思うよね〜」
「はい」
「それよりもさ、入社のお祝いにこの後一緒にランチしない?」
「わぁ、良いんですか!ありがとうございます!」
「chez tsujisakiに行く?」
「それはやめておきませんか?」
「それもそうだね」
宗介は自身の業務を放棄してApaiserの企画室に度々顔を出していた。それは果林に悪い虫が付かないか気が気ではなく必死に通い詰めていたのだ。 ところがその悪い虫は果林の身近に存在した。
「ここだよ」
港に程近い隠れ家のようなその店の名前はスミカグラス鞍月。日本家屋の外観、燻した木材の格子戸を開けると店内は落ち着いた色合いの北欧風に姿を変えた。
「わぁ!素敵!」
「この店の内装も辻崎が手掛けたんだ」
「だから温かみがあるんですね、素敵です」
ウォールナットの美しい木目、艶やかな手触りのテーブル、天井からはペンダントライトが暖色系の明かりを灯しアイボリーのカーテンが空調に揺れた。 そして2人はウンベラータの隣のテーブルを選んだ。大きな窓枠いっぱいのガラスからは初夏の日差しが降り注いだ。
「ご注文はお決まりでしょうか」
目の前にレモンの輪切りが浮かんだグラスが置かれ、おしぼりがセッティングされた。果林はメニュー表を広げて見た。
「ペペロンチーノ、ペペロンチーノが食べたいなぁ」
「良いね」
「でもガーリックの臭い、みなさん嫌がらないでしょうか?」
「大丈夫、大丈夫、俺も同じものを頼むから」
「駄目ですよ!それじゃ臭いが2倍になっちゃうじゃないですか!」
「それもそうだね!でも果林ちゃんだけにんにく臭いのは恥ずかしいでしょ?」
「うっ、それはそうですけれど」
「だから僕らは運命共同体、2人は共犯者だよ」
「共犯者」
「食べたい物を好きな時に好きなだけ食べる!これこそ至福なり」
「宇野さんは好きなだけ食べても太らないんですね、良いなぁ羨ましい」
「あぁ、スポーツジムに通っているからね」
「そうなんですね!じゃあ腹筋割れてますか?」
「割れてる、割れてる」
「そうなんだ」
宇野はスーツの前をはだけて見せた。
「なに、見たいの?今度・・・・触ってみる?」
「・・・・・ええっ!」
果林の顔は真っ赤に色付いた。
「なに驚いてるの、耳まで真っ赤だよ」
「だって、突然すごいこと言うからびっくりしました」
「すごいことねぇ」
果林はこれまで男性と付き合った事が無かった。黒目がちな瞳は可愛いと評判でボーイフレンドもいた。しかしながらどの男性とも友人止まりで男女交際に発展しなかった。
「え、果林ちゃん可愛いのに男の人と付き合った事ないの!?」
「可愛いとかお世辞でも言わないで下さい」
「え、目とかくりくりで大きくてチンチラみたいで可愛いよ」
「・・・・チンチラ」
「あ、地雷踏んじゃった?」
「良いです、どうせチンチラにモモンガです」
「小動物系女子、可愛いじゃない」
「私は大人の女性になりたかったです」
「まぁまぁ、それはそれ、個性という事で」
そこへガーリックの香りが香ばしく赤唐辛子が目にも鮮やかなペペロンチーノがテーブルに運ばれて来た。オリーブオイルが絡まった艶々としたパスタが湯気を立てている。
「宇野さん、食べて良いですか!」
「どうぞ温かいうちに」
「いただきます!」
「今日は果林ちゃんの入社祝いだからどんどん召し上がれ。デザートも注文する?」
「えっ!良いんですか!ありがとうございます!」
「うーん、でも市場視察で経費で落とすのも有りかな?」
「ええ、それはアウトですよ」
「あ、やっぱり?」
心地よい音楽が流れる店内、宇野は思い付いたように顔を上げた。
「そういえば、お父さんが建具屋をしていたって言ってたよね。建具屋はもう辞めたの?」
果林の顔色が変わった。
「父と母は私が高等学校の時に交通事故で亡くなりました」
「え、ごめん。ご愁傷さまでした」
「ありがとうございます」
「大変だったね」
「いえ、叔父も居ましたし遺してくれたお金で短期大学にも通うことが出来ました」
「その後専門学校に?」
「はい、母がよくケーキを焼いてくれたので私も作ってみたくて資格を取りました」
「そうだったんだね」
「はい」
「だから果林ちゃんのケーキは温かい味がするんだ」
「え?」
「いや、宗介の受け売りだけど俺もそう思ったよ」
「ありがとうございます」
「果林ちゃんと一緒に仕事が出来て嬉しいよ。Apaiserはきっと成功する、頑張ろうね」
「はい!」
宇野がフォークでパスタを巻き取ると湯気はすっかり消えていた。
「あぁ、パスタが冷めちゃったねごめん」
「本当だ」
「今度は冷めない料理をご馳走するよ」
「なんですか」
「フランス料理のフルコースとか」
「わぁ、フルコース!食べたことないです!」
2人は笑顔でパスタを口に運んだ。
「ご馳走さまでした!」
「今度はフランス料理だよ」
「はい!楽しみにしています!」
「じゃあ、ゆびきりげんまん」「嘘ついたら」「針千本の〜ます」「指切った!」
果林と宇野は小指を絡めて次の食事の約束をした。その姿を対向車線の車の中から愕然とした表情で見遣る宗介の姿があった。
「う、宇野が・・・果林さんと!」
歩行者信号の赤が青に変わり横断歩道を渡った2人はコインパーキングへと消えた。程なくして宇野の白い車が左にウインカーを出した。果林は満面の笑みで宇野と会話をしていた。宗介は横を通り過ぎる2人の笑顔を目で追った。