溺愛のち婚約破棄は許しません 副社長は午前零時に愛を絡めとる
まさか、そんな。
果林は髪の毛を掻き上げた宗介の横顔を見た。
「宗介さん、副社長さんだったんですか」
「はい」
「どうして言ってくれなかったんですか?」
「地位や身分関係なく私の事を果林さんに知って欲しかったんです」
「そうかもしれませんが、それでも言って欲しかったです」
「そうですか、申し訳ありません」
確かに気付く点は多々あった。社章を付けているが社員証はなく会社と同じ辻崎姓、各課の上役が気遣う存在と言えば代表取締役社長、専務取締役副社長、常務取締役、本部長、と役職が続く。
(・・・・・なんで気付かなかったかな)
果林は鈍感な自分に呆れた。悶々とした顔をしていると宗介は「痛みますか?大丈夫ですか?」と果林の顔を覗き込んだ。
「果林さん、ご自宅まで送らせて下さい」
「え、そんな副社長さんに送って頂くなんて滅相もない!」
「私が送りたいんです」
「いや、そんな、ええと」
「それにその格好じゃバスにも乗れないと思いますが」
確かに、全身泥だらけでスーツはヨレヨレ、ストッキングは破れ顔は無惨にも赤く腫れていた。
「ああ・・・・」
「送らせて下さい」
「・・・・ありがとうございます」
すると宗介は内線電話の受話器を持ち上げた。
「車を回してくれ」
(くれ、くれとな!この命令口調!やはり副社長!)
「どうしましたか?」
「改めて驚いているところです」
ぽーーーん
エレベーターの扉が開くと車寄せには埃一つ付いていない黒い車が停まり黒いスーツに白い手袋の運転手がうやうやしく頭を下げていた。
「さぁ、行きましょうか」
「こ、これに乗るんですか!」
「そうですよ、私の車です」
「これに・・・・」
果林は改めて自身の姿を確認し、革張りの車内を交互に見て首を振った。
「いやいやいやいや、お車が汚れてしまいます!」
「大丈夫ですよ、彼が清掃してくれますから」
「そんな意味ではなくて!」
運転手にお辞儀された果林はその異世界に目を白黒させた。
「さぁ、乗って下さい!」
果林は黒い車の後部座席に押し込まれた。後部座席のシートは程よい硬さで果林はその表面を指先で擦ってみた。それは合皮ではなく本革、確かにそれらしき匂いがした。
(・・・・・えっと)
隣でiPadの画面をスライドしている宗介の横顔はいつもと違って見えた。何処か厳しく張り詰めた雰囲気、近寄り難い存在だった。
「この前のアパートまで行ってくれ」
「かしこまりました」
運転席に座る初老の運転手の姿勢は良く、ハンドル捌きも滑らかだ。ウインカーが右折レーンで点滅し確かに果林が住むアパートへと向かっていた。
(え〜と、どうしてこうなったのかな?ん?)
果林は意を決して尋ねてみた。
「宗介さん」
「なんでしょうか」
そう言って振り向いた面立ちは優しい笑顔で安堵した。
「あのー、お土産や薔薇の花束を下さるのはどうしてですか?宗介さんと私、以前どこかでお会いしたことありますか?」
宗介は片側三車線の大通りの中央を指差して懐かしそうに振り返った。
「あの辺りに建っていましたよね、果林さんがお勤めされていた木古内洋菓子店」
「あ、はい」
「あれは・・・・私がまだ本部長だった頃かな、よく通っていたんですよ」
「通っていた、お客さまだったんですか?気が付きませんでした」
果林は通り過ぎる交差点で身を乗り出した。
「新社屋ビルの建設が決定した頃のことです」
「はい」
「心苦しい事ではありましたが近隣住民の方に立ち退きをお願いしていました。ただその中の数軒から立ち退きを断られてしまいました」
「あ、うちですね」
(さすが強欲ババァ)
「木古内洋菓子店にお願いに伺っているうちに1人の女性が気になり始めました」
「1人の女性」
「それが果林さんです」
「はぁ」
「オーナーから怒鳴られても笑顔を絶やさないその姿に惹かれました」
「惹かれました」
ぶっ!
「あ、ごめんなさい。驚いてしまって」
「いえ、突然申し訳ありません」
「それで毎日chez tsujisakiに来て下さったんですか?」
「最初は木古内和寿の動向を探っていたのですが果林さんとお話しするうちに欲が出てしまいました」
「欲、ですか」
「2年間の片思いです」
ぶっ!
「2年間、の」
「あなたのな不遇な環境が見ていられなくてApaiserのオーナーに推薦しました」
「そんな単純な理由で」
「いえ、果林さんの接遇の素晴らしさや調理の腕の確かさは総務課部長や人事課部長も認めています」
「ありがとうございます」
「それに私の父も果林さんの事を褒めていました」
「父」
「はい、父です」
「父の父とは父の父で父ですかーー!」
「はい」
「父とは、しゃ、社長」
「はい、数回果林さんの接遇を受けたそうです」
「そうなんですね、全く気が付きませんでした」
「という事で果林さんは実力でApaiserのオーナーになられました、推薦した私も鼻高々、嬉しいです」
「・・・・はぁ」
そんな衝撃の告白を受けていた果林はさらに衝撃の事態に直面することとなった。
「宗介さん、副社長さんだったんですか」
「はい」
「どうして言ってくれなかったんですか?」
「地位や身分関係なく私の事を果林さんに知って欲しかったんです」
「そうかもしれませんが、それでも言って欲しかったです」
「そうですか、申し訳ありません」
確かに気付く点は多々あった。社章を付けているが社員証はなく会社と同じ辻崎姓、各課の上役が気遣う存在と言えば代表取締役社長、専務取締役副社長、常務取締役、本部長、と役職が続く。
(・・・・・なんで気付かなかったかな)
果林は鈍感な自分に呆れた。悶々とした顔をしていると宗介は「痛みますか?大丈夫ですか?」と果林の顔を覗き込んだ。
「果林さん、ご自宅まで送らせて下さい」
「え、そんな副社長さんに送って頂くなんて滅相もない!」
「私が送りたいんです」
「いや、そんな、ええと」
「それにその格好じゃバスにも乗れないと思いますが」
確かに、全身泥だらけでスーツはヨレヨレ、ストッキングは破れ顔は無惨にも赤く腫れていた。
「ああ・・・・」
「送らせて下さい」
「・・・・ありがとうございます」
すると宗介は内線電話の受話器を持ち上げた。
「車を回してくれ」
(くれ、くれとな!この命令口調!やはり副社長!)
「どうしましたか?」
「改めて驚いているところです」
ぽーーーん
エレベーターの扉が開くと車寄せには埃一つ付いていない黒い車が停まり黒いスーツに白い手袋の運転手がうやうやしく頭を下げていた。
「さぁ、行きましょうか」
「こ、これに乗るんですか!」
「そうですよ、私の車です」
「これに・・・・」
果林は改めて自身の姿を確認し、革張りの車内を交互に見て首を振った。
「いやいやいやいや、お車が汚れてしまいます!」
「大丈夫ですよ、彼が清掃してくれますから」
「そんな意味ではなくて!」
運転手にお辞儀された果林はその異世界に目を白黒させた。
「さぁ、乗って下さい!」
果林は黒い車の後部座席に押し込まれた。後部座席のシートは程よい硬さで果林はその表面を指先で擦ってみた。それは合皮ではなく本革、確かにそれらしき匂いがした。
(・・・・・えっと)
隣でiPadの画面をスライドしている宗介の横顔はいつもと違って見えた。何処か厳しく張り詰めた雰囲気、近寄り難い存在だった。
「この前のアパートまで行ってくれ」
「かしこまりました」
運転席に座る初老の運転手の姿勢は良く、ハンドル捌きも滑らかだ。ウインカーが右折レーンで点滅し確かに果林が住むアパートへと向かっていた。
(え〜と、どうしてこうなったのかな?ん?)
果林は意を決して尋ねてみた。
「宗介さん」
「なんでしょうか」
そう言って振り向いた面立ちは優しい笑顔で安堵した。
「あのー、お土産や薔薇の花束を下さるのはどうしてですか?宗介さんと私、以前どこかでお会いしたことありますか?」
宗介は片側三車線の大通りの中央を指差して懐かしそうに振り返った。
「あの辺りに建っていましたよね、果林さんがお勤めされていた木古内洋菓子店」
「あ、はい」
「あれは・・・・私がまだ本部長だった頃かな、よく通っていたんですよ」
「通っていた、お客さまだったんですか?気が付きませんでした」
果林は通り過ぎる交差点で身を乗り出した。
「新社屋ビルの建設が決定した頃のことです」
「はい」
「心苦しい事ではありましたが近隣住民の方に立ち退きをお願いしていました。ただその中の数軒から立ち退きを断られてしまいました」
「あ、うちですね」
(さすが強欲ババァ)
「木古内洋菓子店にお願いに伺っているうちに1人の女性が気になり始めました」
「1人の女性」
「それが果林さんです」
「はぁ」
「オーナーから怒鳴られても笑顔を絶やさないその姿に惹かれました」
「惹かれました」
ぶっ!
「あ、ごめんなさい。驚いてしまって」
「いえ、突然申し訳ありません」
「それで毎日chez tsujisakiに来て下さったんですか?」
「最初は木古内和寿の動向を探っていたのですが果林さんとお話しするうちに欲が出てしまいました」
「欲、ですか」
「2年間の片思いです」
ぶっ!
「2年間、の」
「あなたのな不遇な環境が見ていられなくてApaiserのオーナーに推薦しました」
「そんな単純な理由で」
「いえ、果林さんの接遇の素晴らしさや調理の腕の確かさは総務課部長や人事課部長も認めています」
「ありがとうございます」
「それに私の父も果林さんの事を褒めていました」
「父」
「はい、父です」
「父の父とは父の父で父ですかーー!」
「はい」
「父とは、しゃ、社長」
「はい、数回果林さんの接遇を受けたそうです」
「そうなんですね、全く気が付きませんでした」
「という事で果林さんは実力でApaiserのオーナーになられました、推薦した私も鼻高々、嬉しいです」
「・・・・はぁ」
そんな衝撃の告白を受けていた果林はさらに衝撃の事態に直面することとなった。