溺愛のち婚約破棄は許しません  副社長は午前零時に愛を絡めとる
「ここならば大体の物は揃うでしょう」

「そうですけれど」

 果林は駅前の商業施設に連れて来られた。ただ宗介の新品の服を着た果林の足元は泥だらけのパンプスで見た目がアンバランスだった。気不味そうにしている果林に気付いた宗介はシューズショップに向かった。

「まずは靴からですね、靴を買いましょう」

「そんな、そんなにして頂かなくても!泥は拭けば取れますから!」

chez tsujisaki(しぇ つじさき)で身に付けていた物は全て処分しましょう」

「しょ、処分」

「辛く悲しい過去は断捨離です」

 宗介はそう言うとスニーカーを一足選び果林を椅子に座らせた。

(シンデレラの王子さまみたい)

 それはしっくりと足に馴染み宗介は泥だらけのパンプスを店員に手渡した。

「このパンプス、捨てて頂けますか?」

「かしこまりました」と店員は泥で汚れたパンプスをバックヤードに持ち去った。

「あっ、勿体無い!」

「新しい靴は幸せを運んで来ます。あの靴ともお別れです」

 その後、パンプスやバレーシューズ、サンダルにスニーカーを選びいつか必要になるからと白と黒のハイヒールを購入した。

(ハイヒールがいつか必要になる?)

 果林が首を傾げていると背後に控えていた秘書らしき男性がショップバッグを抱えて運び始めた。

「え、あの人たちは!?」

「私の秘書です」

「もうこんな時間ですよ!?」

 時計の針は19:00をとうに過ぎていた。

「大丈夫です、時間外手当を出しますから」

「はぁ」

 そしてアパートを焼け出された果林は身ひとつ、着替えは無い。

「私に選ばせて下さい!」

「はぁ、よろしくお願い致します」

 それからは怒涛の勢いで商業施設の店舗を巡り宗介は果林に似合いそうな色、柄、デザインのブラウスやシャツ、スカートにワンピース、パンツスーツにジーンズを選び出して試着させた。山のように積まれるショップバッグを運び出す秘書。流れ作業のラストを締めくくったのは下着だった。

「ああ、ランジェリー美しいですね」

「宗介さん、恥ずかしくないんですか」

「恥ずかしいもなにも、必要な物を買っているだけですよ!あぁ、あのセットアップ刺繍が美しい!可憐な果林さんに似合いそうです!買いましょう!」

「やっやめて下さい(私は3枚1,000円の綿パンツが好きなんです!)!」

「サイズも大切ですね、採寸して頂きましょう」

 ランジェリー大好きな宗介は水を得た魚のようだった。38歳だと聞いたがこのパワーはどこから来るのか。疲労困憊の果林は休憩所で項垂れていた。すると宗介が真面目な顔で果林の肩を叩いた。

「はい、なんでしょうか?」

「果林さん、仕事着を選んで下さい」

「仕事着」

「白いカッターシャツに黒いパンツ、ジャケットも必要です。華美でなく動きやすい物を選んで下さい」

「はい」

 宗介のその目は真剣だった。

「戦闘服だと思って心して選んで下さい」

 その目は厳しく薄い唇はきつく結ばれていた。

(やっぱりかっこいいかも)

 確かにそこまでは格好良かった。ふと振り返ると次は靴下3足1,000円の組み合わせを楽しんでいた。

(宗介さん、思っていたイメージと全然違った)

「さぁ、帰りましょう!」

「あ、近いので歩いて帰ります」

「駄目です!果林さんに何かあっては叔父上に面目が立ちません!」

(ここはメキシコですか)

 辻崎株式会社のビルは駅から徒歩5分の位置にあった。果林が歩いて行くと言っても有無を言わさず車の後部座席に押し込まれ、数十袋のショップバックは秘書の手によって16階の豪華な社宅まで運び込まれた。

「あっ、果林さん!」

「今度は何ですか」

 果林は衣類のプライスタグをハサミで切り取りながら宗介の顔を見た。とても楽しそうだ。

「スキンケア商品はどのブランドですか」

「あーーー、M良品です」

「化粧品は」

「M良品です」

「では秘書に買って来させましょう!」

「あっ、そんなお手を煩わせる訳にはいきません、自分で行きます!」

 宗介は秘書室への直通電話の受話器を取った。

「車を回してくれ、今から降りる」

 果林は車の後部座席に押し込まれた。
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