溺愛のち婚約破棄は許しません 副社長は午前零時に愛を絡めとる
わっさわっさ
その日、Apaiserのフロアでは最後の点検と清掃が行われていた。
「あ〜もう少しこっちです」
「ここ?」
「あ〜もうちょっと右です」
「右?右ってどっちだよ」
「そこ、そこです」
宇野は脚立を使って天井からぶら下がったガラスシェードのペンダントライトの位置を調節していた。首が攣り腰が痛んだ。上半身を捻ったその時、脚立を支えていたスタッフの足に掃除機のコードが絡み付きバランスを崩してしまった。
「あっ!」
宇野の身体がグラリと傾いた瞬間それは投げ出され床へと叩きつけられそうになった。
「宇野さん!危ない!」
咄嗟の出来事だったが果林は迷うことなく菓子工房から飛び出していた。果林の左腕はかろうじて宇野の後頭部を支え難を逃れた。
「痛たたたたたた」
「大丈夫ですか?」
「オープン前に怪我するとか信じらんねぇ」
chez tsujisakiの店舗は既に解体され社員のフリースペースとして開放されていた。そのデイベッドには力無く横たわる宇野とそれを心配そうに見守る果林の姿があった。
「宇野さん、頭を打たなくて良かったですね」
「災難だよ」
「良かった、大丈夫そうで」
宇野は産業医に「絶対安静、動かないように」と指示され、救急車の到着を待っていた。
「大丈夫もなにも、果林ちゃんこそ女の子が飛び出すなんて無茶しすぎだよ」
「だって、気が付いたら身体が動いていて」
「男前だね」
果林は左腕を強く打ったが「骨には異常がなさそうだ」と産業医は湿布薬を貼り鎮痛剤の処方箋を手渡した。
「ねぇ果林ちゃん」
「はい」
「三途の川を渡る前にこの前の答えを聞かせてくれないかな」
「三途の川って、おじいちゃんみたい」
「田舎の父ちゃんが言っていたんだよ」
果林は宇野の顔を凝視して悲しげに微笑んだ。
「果林ちゃん、それって駄目って事?」
「宇野さんは良い人だと思います」
「良い人ねぇ、一番聞きたく無い言葉だなぁ」
「優しくて頼り甲斐があって一緒に居ても楽しくて」
「でも駄目なんだ」
果林の目には熱いものが滲んだ。
「ごめんなさい」
「そんな謝らないでよ、あ〜あ、果林ちゃんとわっさわっさしたかったなぁ」
「そのわっさわっさってなんですか?」
「分かんね」
人影が宇野の顔を覗き込んだ。
「うおあっ!なんだよびっくりするだろ!」
「宗介さん!」
「俺の大切な部下と婚約者が怪我をしたと聞いて駆け付けた」
「はぁ?」
「誰と誰が婚約者なんだよ」
「昨夜、果林さんと婚約した」
「や、ちょっとまだお返事していません!」
宇野は大きな溜め息を吐いた。
「な〜んだよ、宗介、それを先に言えよ!」
「まだ未確定な案件だったから告知しなかった」
「なんだよ、案件だの告知だの誤魔化しやがって、いつの間に出来てたんだよ!」
宗介は腕組みをすると勝ち誇った顔で宇野を見下ろした。
「実はもう一緒に暮らしている」
「はぁ〜!?」
「まぁそういう事だ。残念だったな、だからおまえと果林さんはわっさわっさ出来ない」
「信じらんねぇ!」
そこへストレッチャーを手に救急隊員が駆け付けた。
「怪我人はこちらの方ですか」
「はい、ちょっと頭がわっさわっさしているみたいなので念入りに検査して下さい」
「ちょ、おま!」
「はい、静かにして下さいね。はい、ストレッチャー通ります!どいて下さい!通ります!」
「これで虫は消えたな」
「宗介さん、なんだか宇野さんが気の毒です」
「虫は徹底的に駆除すべきです」
「そうですか」
「はい、それよりも果林さんも怪我をされたんですよね!」
「あぁ、打撲程度です」
ふと見ると腕が膨れ上がっていた。
「こ、興奮していて気付かなかったんですが・・・・やっぱり痛いみたいです」
「早退して下さい!」
「は、はい。そうします」
果林はエレベーターの中でうずくまった。
「あ〜もう少しこっちです」
「ここ?」
「あ〜もうちょっと右です」
「右?右ってどっちだよ」
「そこ、そこです」
宇野は脚立を使って天井からぶら下がったガラスシェードのペンダントライトの位置を調節していた。首が攣り腰が痛んだ。上半身を捻ったその時、脚立を支えていたスタッフの足に掃除機のコードが絡み付きバランスを崩してしまった。
「あっ!」
宇野の身体がグラリと傾いた瞬間それは投げ出され床へと叩きつけられそうになった。
「宇野さん!危ない!」
咄嗟の出来事だったが果林は迷うことなく菓子工房から飛び出していた。果林の左腕はかろうじて宇野の後頭部を支え難を逃れた。
「痛たたたたたた」
「大丈夫ですか?」
「オープン前に怪我するとか信じらんねぇ」
chez tsujisakiの店舗は既に解体され社員のフリースペースとして開放されていた。そのデイベッドには力無く横たわる宇野とそれを心配そうに見守る果林の姿があった。
「宇野さん、頭を打たなくて良かったですね」
「災難だよ」
「良かった、大丈夫そうで」
宇野は産業医に「絶対安静、動かないように」と指示され、救急車の到着を待っていた。
「大丈夫もなにも、果林ちゃんこそ女の子が飛び出すなんて無茶しすぎだよ」
「だって、気が付いたら身体が動いていて」
「男前だね」
果林は左腕を強く打ったが「骨には異常がなさそうだ」と産業医は湿布薬を貼り鎮痛剤の処方箋を手渡した。
「ねぇ果林ちゃん」
「はい」
「三途の川を渡る前にこの前の答えを聞かせてくれないかな」
「三途の川って、おじいちゃんみたい」
「田舎の父ちゃんが言っていたんだよ」
果林は宇野の顔を凝視して悲しげに微笑んだ。
「果林ちゃん、それって駄目って事?」
「宇野さんは良い人だと思います」
「良い人ねぇ、一番聞きたく無い言葉だなぁ」
「優しくて頼り甲斐があって一緒に居ても楽しくて」
「でも駄目なんだ」
果林の目には熱いものが滲んだ。
「ごめんなさい」
「そんな謝らないでよ、あ〜あ、果林ちゃんとわっさわっさしたかったなぁ」
「そのわっさわっさってなんですか?」
「分かんね」
人影が宇野の顔を覗き込んだ。
「うおあっ!なんだよびっくりするだろ!」
「宗介さん!」
「俺の大切な部下と婚約者が怪我をしたと聞いて駆け付けた」
「はぁ?」
「誰と誰が婚約者なんだよ」
「昨夜、果林さんと婚約した」
「や、ちょっとまだお返事していません!」
宇野は大きな溜め息を吐いた。
「な〜んだよ、宗介、それを先に言えよ!」
「まだ未確定な案件だったから告知しなかった」
「なんだよ、案件だの告知だの誤魔化しやがって、いつの間に出来てたんだよ!」
宗介は腕組みをすると勝ち誇った顔で宇野を見下ろした。
「実はもう一緒に暮らしている」
「はぁ〜!?」
「まぁそういう事だ。残念だったな、だからおまえと果林さんはわっさわっさ出来ない」
「信じらんねぇ!」
そこへストレッチャーを手に救急隊員が駆け付けた。
「怪我人はこちらの方ですか」
「はい、ちょっと頭がわっさわっさしているみたいなので念入りに検査して下さい」
「ちょ、おま!」
「はい、静かにして下さいね。はい、ストレッチャー通ります!どいて下さい!通ります!」
「これで虫は消えたな」
「宗介さん、なんだか宇野さんが気の毒です」
「虫は徹底的に駆除すべきです」
「そうですか」
「はい、それよりも果林さんも怪我をされたんですよね!」
「あぁ、打撲程度です」
ふと見ると腕が膨れ上がっていた。
「こ、興奮していて気付かなかったんですが・・・・やっぱり痛いみたいです」
「早退して下さい!」
「は、はい。そうします」
果林はエレベーターの中でうずくまった。