溺愛のち婚約破棄は許しません  副社長は午前零時に愛を絡めとる
 パティスリーブーランジェリーchez tsujisaki(しぇ つじさき)の営業時間は会社の始業終業時間に合わせて8:00から19:00となっている。

「おい果林、今夜は母さんと食事に行くから後片付けは頼むわ」

「果林さん、戸締りはしっかりして頂戴ね!」

「アルバイト募集のポスターも貼っておけよ!」

「はぁ」

「はぁじゃないでしょう!」

「かしこまりました」

 清掃を終えた果林は一脚の椅子抱えると(けやき)の木が見えるガーデンテラス席で背伸びをした。

「あ〜あ」

 手には透明なガラスの器にアフォガート、あの男性が眺める景色を見てみたいと思った。甘くほろ苦い香りに思わず涙が溢れた。

(・・・・なんか疲れちゃったなぁ)

 果林は親戚が勧めるままこの店に勤めたが菊代からの不条理な仕打ちとそれを見て見ぬ振りでやり過ごす木古内和寿(雇い主)の態度に辟易し疲弊しきっていた。アパートと劣悪な環境の職場を往復する日々。

(私の人生ってなんなんだろう)

 すると一羽の鳥が(けやき)を通り抜け庭園に張り出した(はり)にとまりさえずり始めた。

ピーチチチ
ピーチチチ

 白い腹、黒い胴体、黒い羽根、赤い頭、(つばめ)が巣でヒナに餌を与えていた。携帯電話を取り出してGoogleで検索すると燕は幸せの象徴なのだと教えてくれた。果林は目尻の涙を拭うと店の入り口にチェーンをかけた。
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