溺愛のち婚約破棄は許しません 副社長は午前零時に愛を絡めとる
エピローグ
駅前に社屋を構える辻崎株式会社は創業者である辻崎 宗八の流れを汲む辻崎一族が経営を担っていた。現在の代表取締役兼社長は辻崎 宗一郎、取締役兼副社長は辻崎 宗介、宗一郎には佳子、宗介には果林という伴侶が居る。
そして辻崎株式会社の2階には社員の福利厚生施設として喫茶軽食を扱うパティスリーがあった。欅の大樹が日陰を作る店の名前は Apaiser。Apaiserとはフランス語で<癒し>を意味する。
「はぁ、疲れた」
「今日も忙しかった〜!」
「ここに来るとホッとするわ」
柞の木のフローリングにヒッコリーのダイニングテーブルとダイニングチェア、白い土壁に赤茶のレンガは海岸沿いの小径を連想させる落ち着いた空間となっている。そして特注の窓ガラスからは心地よい陽射しが差し込み欅やオリーブの枝、オープン記念に植樹されたカリンの木を眺める事が出来た。
「いやぁ、果林ちゃん林檎の美味しい季節になったね」
「タルトタタン(りんごケーキ)、焼き上がったところです」
「おっ、じゃぁ頂こうかな」
パティスリーに果林の笑顔が咲き誇る。果林はApaiserのオーナー兼パティシエールだ。
「果林さん!先月の売り上げを超えましたよ!」
「これから寒い季節になると甘いメニューが沢山出るからね!大変だけど頑張ろうね!」
「はい!オーナー!」
Apaiserの経営状況は良く売り上げは順調に伸びていた。にもかかわらず副社長であり果林の夫である辻崎宗介は「福利厚生の視察だ」などと理由をつけては店の前を右往左往している。その様子を呆れた顔で見ているのは宗介の同期であるApaiser企画部長の宇野だ。宇野は書類を丸めると宗介の後頭部を2度叩いた。
「まぁーた来てんの」
「悪いか」
「悪いよ、副社長の業務はどうしたんだよ」
「午前中に全部片付けた」
宇野は観葉植物と同化している副社長の姿に呆れた顔で腕組みをした。
「残念だな、そんなおまえに客だよ」
「そんなアポイントメントは無い!」
「弁護士だよchez tsujisakiのオーナーの件だと」
「そんな店はもうない!しかもあいつはオーナーでもなんでもない!」
「はいはいはい」
宗介は名残惜しそうにApaiserを2度、3度と振り返り、宇野に急かされながらエレベーターのボタンを押した。4階の総務課フロアには黒いスーツを着たやや小太りで小柄な弁護士が額の汗をハンカチで拭きながら宗介を待っていた。
「この度はご足労頂きまして」
「こちらもご報告が遅くなりまして」
「立ち話もなんですから」
2人は総務課会議室の扉を開けた。
「さて、杉野 恵美さんの件につきましてですが」
「杉野恵美」
「杉野恵美さんに関しては家庭裁判所での話し合いで賠償請求額は50万円という事になりました」
「ちっ、少ねぇな」
「血?」
「いや、なんでもありません」
「杉野恵美さんは夫から慰謝料を請求されましたので裁判所は支払い能力に欠けると判断し50万円を言い渡したようです」
「杉野恵美は離婚したのか」
「三行半を突き付けられたようですね」
「ザマァ」
「様?」
「いや、なんでもありません」
弁護士は指先を舌で舐めるとファイルを数枚まくった。
「さて、木古内 和寿氏ならびに木古内 菊代さんに対しては慰謝料と器物損壊合計800万円+無銭飲食代69万円が請求されました」
木古内和寿は果林の元雇用主、菊代はその母親である。
「で、支払われたのか」
「副社長のご指示通り和寿氏の家屋、家財、菊代さんも同じく家屋、家財、全て抵当に入れました。まぁ、実質退去ですね。菊代さんは市内有数の一等地に土地をお持ちでしたからそちらも手放して頂きました」
「はーはははははは!はーーーーっはははは!」
「ふ、副社長?」
「あ、申し訳ない。背中が痒くて」
「はぁ」
一瞬、素が出そうになった宗介は笑いをグッと堪え和寿の果林に対する付きまといの件について尋ねた。それに関しては警察に被害届出済みで、今後木古内和寿が果林に接触した際は逮捕起訴されると言った。
「ありがとう、助かった」
「いえ、お役に立てて何よりです、それではこれで失礼致します」
弁護士が総務課会議室の扉を閉めると宗介が再び背中が痒いと奇声を発し始めた。
「はーはははははは!はーーーーっはははは!」
これで果林がchez tsujisakiで受けたモラルハラスメントとドメスティックバイオレンスに対する慰謝料請求問題は一件落着となった。
14:00 Apaiser
毎日この時間になると欅の樹を見上げるガーデンテラスのテーブルに1人の男性が現れ、毎日同じメニューをオーダーする。程よい甘さのバニラアイスに香り立つアッサムティーを滴らしたアフォガート。
「アフォガートはイタリアでは溺れるという意味だそうですよ」
その男性の名前は辻崎株式会社 副社長 辻崎 宗介
「そうなんですね」
「はい」
「私はもう宗介さんに溺れていますよ」
隣で微笑む女性の名前は辻崎 果林、なだらかなラインを描くサロンエプロンの下には新しい命が宿っていた。
了
そして辻崎株式会社の2階には社員の福利厚生施設として喫茶軽食を扱うパティスリーがあった。欅の大樹が日陰を作る店の名前は Apaiser。Apaiserとはフランス語で<癒し>を意味する。
「はぁ、疲れた」
「今日も忙しかった〜!」
「ここに来るとホッとするわ」
柞の木のフローリングにヒッコリーのダイニングテーブルとダイニングチェア、白い土壁に赤茶のレンガは海岸沿いの小径を連想させる落ち着いた空間となっている。そして特注の窓ガラスからは心地よい陽射しが差し込み欅やオリーブの枝、オープン記念に植樹されたカリンの木を眺める事が出来た。
「いやぁ、果林ちゃん林檎の美味しい季節になったね」
「タルトタタン(りんごケーキ)、焼き上がったところです」
「おっ、じゃぁ頂こうかな」
パティスリーに果林の笑顔が咲き誇る。果林はApaiserのオーナー兼パティシエールだ。
「果林さん!先月の売り上げを超えましたよ!」
「これから寒い季節になると甘いメニューが沢山出るからね!大変だけど頑張ろうね!」
「はい!オーナー!」
Apaiserの経営状況は良く売り上げは順調に伸びていた。にもかかわらず副社長であり果林の夫である辻崎宗介は「福利厚生の視察だ」などと理由をつけては店の前を右往左往している。その様子を呆れた顔で見ているのは宗介の同期であるApaiser企画部長の宇野だ。宇野は書類を丸めると宗介の後頭部を2度叩いた。
「まぁーた来てんの」
「悪いか」
「悪いよ、副社長の業務はどうしたんだよ」
「午前中に全部片付けた」
宇野は観葉植物と同化している副社長の姿に呆れた顔で腕組みをした。
「残念だな、そんなおまえに客だよ」
「そんなアポイントメントは無い!」
「弁護士だよchez tsujisakiのオーナーの件だと」
「そんな店はもうない!しかもあいつはオーナーでもなんでもない!」
「はいはいはい」
宗介は名残惜しそうにApaiserを2度、3度と振り返り、宇野に急かされながらエレベーターのボタンを押した。4階の総務課フロアには黒いスーツを着たやや小太りで小柄な弁護士が額の汗をハンカチで拭きながら宗介を待っていた。
「この度はご足労頂きまして」
「こちらもご報告が遅くなりまして」
「立ち話もなんですから」
2人は総務課会議室の扉を開けた。
「さて、杉野 恵美さんの件につきましてですが」
「杉野恵美」
「杉野恵美さんに関しては家庭裁判所での話し合いで賠償請求額は50万円という事になりました」
「ちっ、少ねぇな」
「血?」
「いや、なんでもありません」
「杉野恵美さんは夫から慰謝料を請求されましたので裁判所は支払い能力に欠けると判断し50万円を言い渡したようです」
「杉野恵美は離婚したのか」
「三行半を突き付けられたようですね」
「ザマァ」
「様?」
「いや、なんでもありません」
弁護士は指先を舌で舐めるとファイルを数枚まくった。
「さて、木古内 和寿氏ならびに木古内 菊代さんに対しては慰謝料と器物損壊合計800万円+無銭飲食代69万円が請求されました」
木古内和寿は果林の元雇用主、菊代はその母親である。
「で、支払われたのか」
「副社長のご指示通り和寿氏の家屋、家財、菊代さんも同じく家屋、家財、全て抵当に入れました。まぁ、実質退去ですね。菊代さんは市内有数の一等地に土地をお持ちでしたからそちらも手放して頂きました」
「はーはははははは!はーーーーっはははは!」
「ふ、副社長?」
「あ、申し訳ない。背中が痒くて」
「はぁ」
一瞬、素が出そうになった宗介は笑いをグッと堪え和寿の果林に対する付きまといの件について尋ねた。それに関しては警察に被害届出済みで、今後木古内和寿が果林に接触した際は逮捕起訴されると言った。
「ありがとう、助かった」
「いえ、お役に立てて何よりです、それではこれで失礼致します」
弁護士が総務課会議室の扉を閉めると宗介が再び背中が痒いと奇声を発し始めた。
「はーはははははは!はーーーーっはははは!」
これで果林がchez tsujisakiで受けたモラルハラスメントとドメスティックバイオレンスに対する慰謝料請求問題は一件落着となった。
14:00 Apaiser
毎日この時間になると欅の樹を見上げるガーデンテラスのテーブルに1人の男性が現れ、毎日同じメニューをオーダーする。程よい甘さのバニラアイスに香り立つアッサムティーを滴らしたアフォガート。
「アフォガートはイタリアでは溺れるという意味だそうですよ」
その男性の名前は辻崎株式会社 副社長 辻崎 宗介
「そうなんですね」
「はい」
「私はもう宗介さんに溺れていますよ」
隣で微笑む女性の名前は辻崎 果林、なだらかなラインを描くサロンエプロンの下には新しい命が宿っていた。
了