溺愛のち婚約破棄は許しません 副社長は午前零時に愛を絡めとる
辻崎宗介
燕のさえずりと欅の葉音が心地良い店内。
(・・・・・また、ですか)
菊代さんの起床時間、お化粧時間、お洋服をお召しになる時間は毎日一分一秒も乱れる事が無いのだろう。混雑するランチタイムを狙い定めたように来店し我が物顔で香水の香りをふりまきながら奥の席に座る。
「いらっしゃいませ」
「どうも」
果林がライムの浮かんだグラスとおしぼりをテーブルに置くと菊代は踏ん反り返りながら脚を組んだ。
「いつもの頂戴」
「・・・・え?」
「い・つ・も・の!聞こえないの!本当に気が利かないわね!」
菊代が注文するメニューはその日その日で一様では無い。それを充分承知な上で声を張り上げていることを理解している社員たちは「また店員をいじめている」と顔をしかめた。すっかり気分を害し食事の途中で席を立つ社員もいた。
「ご馳走さま、会計お願いします」
「賑やかで申し訳ありません」
「君も毎日大変だね」
「い、いえそんな。ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
果林は菊代に耳打ちした。
「菊代さん、もう少し声の大きさを抑えて頂けませんか?」
「これが黙っていられますか!」
菊代さんはなにやらご立腹の様子でマザーコンプレックスが駆け寄り機嫌を取ると辻崎株式会社からパート社員の時給を1,200円に賃上げするようにとお達しがあったので納得がゆかないらしい。
「こんな馬鹿な話がありますか!」
「まぁまぁ、母さん辻崎の言うことは聞くしか無いよ」
「それにしても今までなにも言わなかったのに!誰が余計なことを!」
そこで菊代と和寿の視線が果林に集まった。
「そんな訳ないわよね」
「そうだよ、こんな鈍い奴になにも出来ねぇよ」
「あぁ、もう腹が立つ!」
そこで欅のガーデンテラス席で手が挙がった。壁に掛けられた時計の針は14:00を指していた。欅の木を眺める席には辻崎宗介の姿があった。
(あーーええと、宗介、宗介さんだ)
「辻崎さまいらっしゃいませ」
「こんにちは」
「こんにちは」
「果林さん、私のことは宗介と呼んで頂けませんか?」
「そ、宗介さん」
「はい」
「宗介さん、いつものアフォガート、アッサムティーで宜しいでしょうか」
「お願いします」
宗介の穏やかな微笑みに気が休まる。果林は紅茶葉を蒸らしながらその横顔を眺めた。上質な仕立ての濃紺のスーツに焦茶のネクタイ、ワイシャツは上品な灰色、胸に社員証は無い。
(・・・・・この人は何者なんだろう)
果林はバニラアイスをガラスの器に盛り付けて紅茶を注いだ。視線を感じて振り向くと宗介が果林を見つめていた。
(・・・・・・ん?)
すると宗介は慌てた素振りで手を挙げた。
「いかがなさいましたか?」
「これを下さい」
爪先まで整えられた美しい指がメニュー表を指した。
「ズッパイングレーセ(スポンジケーキ)、こちらで宜しいですか?」
「はい」
「リキュールシロップを使用していますがお車の運転は大丈夫ですか」
「あ、迎えが来るので」
「迎え・・・・ですか」
「いや、なんでも無いです」
その後宗介はアフォガートをもう一杯注文し、ウエイトレスとして店内を切り盛りしている果林の姿を目で追った。
(・・・・・また、ですか)
菊代さんの起床時間、お化粧時間、お洋服をお召しになる時間は毎日一分一秒も乱れる事が無いのだろう。混雑するランチタイムを狙い定めたように来店し我が物顔で香水の香りをふりまきながら奥の席に座る。
「いらっしゃいませ」
「どうも」
果林がライムの浮かんだグラスとおしぼりをテーブルに置くと菊代は踏ん反り返りながら脚を組んだ。
「いつもの頂戴」
「・・・・え?」
「い・つ・も・の!聞こえないの!本当に気が利かないわね!」
菊代が注文するメニューはその日その日で一様では無い。それを充分承知な上で声を張り上げていることを理解している社員たちは「また店員をいじめている」と顔をしかめた。すっかり気分を害し食事の途中で席を立つ社員もいた。
「ご馳走さま、会計お願いします」
「賑やかで申し訳ありません」
「君も毎日大変だね」
「い、いえそんな。ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
果林は菊代に耳打ちした。
「菊代さん、もう少し声の大きさを抑えて頂けませんか?」
「これが黙っていられますか!」
菊代さんはなにやらご立腹の様子でマザーコンプレックスが駆け寄り機嫌を取ると辻崎株式会社からパート社員の時給を1,200円に賃上げするようにとお達しがあったので納得がゆかないらしい。
「こんな馬鹿な話がありますか!」
「まぁまぁ、母さん辻崎の言うことは聞くしか無いよ」
「それにしても今までなにも言わなかったのに!誰が余計なことを!」
そこで菊代と和寿の視線が果林に集まった。
「そんな訳ないわよね」
「そうだよ、こんな鈍い奴になにも出来ねぇよ」
「あぁ、もう腹が立つ!」
そこで欅のガーデンテラス席で手が挙がった。壁に掛けられた時計の針は14:00を指していた。欅の木を眺める席には辻崎宗介の姿があった。
(あーーええと、宗介、宗介さんだ)
「辻崎さまいらっしゃいませ」
「こんにちは」
「こんにちは」
「果林さん、私のことは宗介と呼んで頂けませんか?」
「そ、宗介さん」
「はい」
「宗介さん、いつものアフォガート、アッサムティーで宜しいでしょうか」
「お願いします」
宗介の穏やかな微笑みに気が休まる。果林は紅茶葉を蒸らしながらその横顔を眺めた。上質な仕立ての濃紺のスーツに焦茶のネクタイ、ワイシャツは上品な灰色、胸に社員証は無い。
(・・・・・この人は何者なんだろう)
果林はバニラアイスをガラスの器に盛り付けて紅茶を注いだ。視線を感じて振り向くと宗介が果林を見つめていた。
(・・・・・・ん?)
すると宗介は慌てた素振りで手を挙げた。
「いかがなさいましたか?」
「これを下さい」
爪先まで整えられた美しい指がメニュー表を指した。
「ズッパイングレーセ(スポンジケーキ)、こちらで宜しいですか?」
「はい」
「リキュールシロップを使用していますがお車の運転は大丈夫ですか」
「あ、迎えが来るので」
「迎え・・・・ですか」
「いや、なんでも無いです」
その後宗介はアフォガートをもう一杯注文し、ウエイトレスとして店内を切り盛りしている果林の姿を目で追った。