溺愛のち婚約破棄は許しません 副社長は午前零時に愛を絡めとる
連日の残業で果林は疲れ果てていた。足取りも重く出勤のチェックを受けていると顔見知りの警備員から声を掛けられた。
「おはよう果林ちゃん」
果林の目の下には大きなクマが出来ていた。
「おはようございます」
「ありゃあ、なんだか元気がないねぇ顔色が悪いよ」
「そんなにひどいですか?」
「良くはないねぇ」
「はぁーーーーそうですか」
「溜め息かい、果林ちゃんには似合わんぞ」
「はぁ」
今の果林は溜め息で押し潰される一歩手前だ。「あんな職場なんて無くなればいい!」と毎朝「頭上に隕石でも落ちて来ないかな」などと下らない妄想をひとしきりしたところで布団から這い出しバスに揺られる。
「はぁ」
また一つ溜め息が出た。
ぽーーん
「え!なにこれ!」
果林は素っ頓狂な声を上げた。エレベーターの扉が開くとそんな悶々としたものが吹き飛ぶ光景が目の前に広がった。
「えええええ」
2階フロアの欅の樹を中央にしてchez tsujisakiの真向かいに赤い三角コーンが置かれ立ち入り禁止の看板が立てかけられ頭上注意の旗が吊り下げられていた。
「えっ、あそこって店舗スペースだったの!」
これまでビルの壁かと思っていた部分は石膏ボードの板だった。石膏ボードがすっかり取り外されたその内部はコンクリートが剥き出しで電気の配線コードが天井からぶら下がっていた。外部に面した箇所には青いビニールシートが張られている。ビルの外観から想定するにchez tsujisakiと同様に屋外スペースが広がっている事だろう。
「うわーーーーー結構広いな」
明らかにchez tsujisakiを上回る床面積だった。
「なんの店だろう、飲食店だったら困るなぁ」
現在のchez tsujisakiはマザコンでモラルハラスメントのオーナーと無銭飲食を平気で行うその母親が経営し、辻崎の名を語る事など烏滸がましい状況だった。
「すみません」
14:00、久しぶりに欅の樹のガーデンテラス席で手が挙がった。時給が上がったことでアルバイトの女性がひとり増えた。その女性の名前は杉野恵美、大人の女性の色香を漂わせていた。その杉野恵美がいそいそと宗介の接客に向かうと彼は果林を指差して首を縦に振った。
「あの男、あんたが良いんだって!」
「あんたってーーー!」
「ふん!」
よほど面白く無かったのだろう癇癪を起こした杉野恵美はテーブルに布巾を叩き付けていた。
(ああ、他のお客様もいるのに最悪だ)
宗介は果林に微笑みかけるとダイニングテーブルに肘を突きあごを乗せた。
「いらっしゃいませ」
「お邪魔します」
「宗介さん、お客様が「お邪魔します」はちょっと違うかもしれませんね」
「ああ、本当だ」
失笑してしまった。
「果林さんは笑っている方が魅力的ですよ」
「ありがとうございます」
果林は(そうよ!あの2人が居なければ!)と脳内で地団駄を踏んだ。
「諸事情でしばらく来る事が出来ませんでした」
「ご出張ですか?」
「色々と手配をしていたので時間が取れなくて・・・・寂しかったです」
(寂しかった?宗介さんが、誰に?)
「そうなんですね、お疲れさまです」
宗介は木古内和寿と杉野恵美を見遣ると果林に小声で尋ねた。
「果林さんは昨日はお休みだったんですね」
「はい、公休日でした」
「そうですか」
「お店に来て下さったんですか」
「はい、アフォガートとタルトタタン(りんごケーキ)を注文しました」
「ありがとうございます」
「りんごの仕込みはどなたがされたのですか?」
「具材の下処理と仕込みは先ほどの女性が担当しました。ケーキはオーナーが焼きました」
「あぁ、なるほど」
「どうかなさいましたか?」
「よく分かりました」
「分かったとは、なにが分かったんでしょうか?」
「温かい味がしませんでした」
「あっ、申し訳ございません!塩味がした、とか」
数日前、携帯ゲームアプリに夢中になっていた木古内和寿はケーキの生地に入れる砂糖と塩の分量を間違え苦情が出た。
「・・・・・え?」
「いえ、数日前に手違いがありまして」
「ああ、あの件ですか」
(あの件?どの件?なんの件?なんで知っているの!?)
いつも思わせ振りな口調で果林には理解出来ない事だらけだが宗介は色々なことを知っているようだった。
「おはよう果林ちゃん」
果林の目の下には大きなクマが出来ていた。
「おはようございます」
「ありゃあ、なんだか元気がないねぇ顔色が悪いよ」
「そんなにひどいですか?」
「良くはないねぇ」
「はぁーーーーそうですか」
「溜め息かい、果林ちゃんには似合わんぞ」
「はぁ」
今の果林は溜め息で押し潰される一歩手前だ。「あんな職場なんて無くなればいい!」と毎朝「頭上に隕石でも落ちて来ないかな」などと下らない妄想をひとしきりしたところで布団から這い出しバスに揺られる。
「はぁ」
また一つ溜め息が出た。
ぽーーん
「え!なにこれ!」
果林は素っ頓狂な声を上げた。エレベーターの扉が開くとそんな悶々としたものが吹き飛ぶ光景が目の前に広がった。
「えええええ」
2階フロアの欅の樹を中央にしてchez tsujisakiの真向かいに赤い三角コーンが置かれ立ち入り禁止の看板が立てかけられ頭上注意の旗が吊り下げられていた。
「えっ、あそこって店舗スペースだったの!」
これまでビルの壁かと思っていた部分は石膏ボードの板だった。石膏ボードがすっかり取り外されたその内部はコンクリートが剥き出しで電気の配線コードが天井からぶら下がっていた。外部に面した箇所には青いビニールシートが張られている。ビルの外観から想定するにchez tsujisakiと同様に屋外スペースが広がっている事だろう。
「うわーーーーー結構広いな」
明らかにchez tsujisakiを上回る床面積だった。
「なんの店だろう、飲食店だったら困るなぁ」
現在のchez tsujisakiはマザコンでモラルハラスメントのオーナーと無銭飲食を平気で行うその母親が経営し、辻崎の名を語る事など烏滸がましい状況だった。
「すみません」
14:00、久しぶりに欅の樹のガーデンテラス席で手が挙がった。時給が上がったことでアルバイトの女性がひとり増えた。その女性の名前は杉野恵美、大人の女性の色香を漂わせていた。その杉野恵美がいそいそと宗介の接客に向かうと彼は果林を指差して首を縦に振った。
「あの男、あんたが良いんだって!」
「あんたってーーー!」
「ふん!」
よほど面白く無かったのだろう癇癪を起こした杉野恵美はテーブルに布巾を叩き付けていた。
(ああ、他のお客様もいるのに最悪だ)
宗介は果林に微笑みかけるとダイニングテーブルに肘を突きあごを乗せた。
「いらっしゃいませ」
「お邪魔します」
「宗介さん、お客様が「お邪魔します」はちょっと違うかもしれませんね」
「ああ、本当だ」
失笑してしまった。
「果林さんは笑っている方が魅力的ですよ」
「ありがとうございます」
果林は(そうよ!あの2人が居なければ!)と脳内で地団駄を踏んだ。
「諸事情でしばらく来る事が出来ませんでした」
「ご出張ですか?」
「色々と手配をしていたので時間が取れなくて・・・・寂しかったです」
(寂しかった?宗介さんが、誰に?)
「そうなんですね、お疲れさまです」
宗介は木古内和寿と杉野恵美を見遣ると果林に小声で尋ねた。
「果林さんは昨日はお休みだったんですね」
「はい、公休日でした」
「そうですか」
「お店に来て下さったんですか」
「はい、アフォガートとタルトタタン(りんごケーキ)を注文しました」
「ありがとうございます」
「りんごの仕込みはどなたがされたのですか?」
「具材の下処理と仕込みは先ほどの女性が担当しました。ケーキはオーナーが焼きました」
「あぁ、なるほど」
「どうかなさいましたか?」
「よく分かりました」
「分かったとは、なにが分かったんでしょうか?」
「温かい味がしませんでした」
「あっ、申し訳ございません!塩味がした、とか」
数日前、携帯ゲームアプリに夢中になっていた木古内和寿はケーキの生地に入れる砂糖と塩の分量を間違え苦情が出た。
「・・・・・え?」
「いえ、数日前に手違いがありまして」
「ああ、あの件ですか」
(あの件?どの件?なんの件?なんで知っているの!?)
いつも思わせ振りな口調で果林には理解出来ない事だらけだが宗介は色々なことを知っているようだった。