自信家CEOは花嫁を略奪する
 撫でつけるようなキスのあとは、チュッチュッとリップ音を響かせて啄まれる。聞くには恥ずかしいが、感触は心地よい。

 舌先が唇をノックする。入れてくれというメッセージに璃桜は力を抜いた。わずかな隙間から侵入し、歯列をなぞる。ゆっくりと官能の熱が点り、肌が粟立つ。

「……んっ」

 少し苦しくなって身を捩ればつられるようにして声がもれた。
 それから和眞が顔を離した。

「…………」
「その切なそうな目、そそられる」
「私……」

 暗に物欲しそうに見ていると言われ、璃桜はもう自分が後戻りできないところまで来てしまったのだと悟った。ずっと押し込めていたと思っていたのが間違いだった。

(だって……ずっと憧れていたんだから)

 IFSSに応募し、入社した動機だ。長く勤められないことは百も承知で、その中で迷うことなく選んだ会社だった。無事に内定をもらい、入社式で和眞が壇上から新入社員への挨拶を行っている姿を見て、どれほど嬉しかったことか。

 その和眞に求められてうれしくないはずがない。しかしながら一度だけの過ちのはずが、こんなことになるとは思わなかった。

「あ、待って」

 ソファに座っている状態で抱き上げようとしているので、璃桜は慌てて立ち上がった。抱き上げられるのはなんだか不安になるのだ。もちろん落ちるかもしれないというものではなく、ふわふわした感覚がどうにも気持ち悪かった。

 そっとベッドに寝かされる。和眞はそのまま璃桜に覆いかぶさり、首筋に顔をうずめてうなじ辺り唇を当てて舌を立ててきた。

「あ……ん」

 触れられているのはわずかな部分なのに、そこから全身に痺れるような感覚が広がっていく。

「それ……い、い……」

 次第に舌先に力がこもって強く突かれる。鋭く、細く刺激して、奥深い場所にある欲望を呼び起こす。

「あ、ん……しゃ、ちょ……」
「和眞だろ?」
「かず、ま……はあ」

 ひときわ熱のこもった息が首全体にかかった。そこだけ焼けついてしまいそうな錯覚が起こる。
 くらりとめまいが起こった。

「璃桜」

 甘い響きに心が蕩ける。

「璃桜、璃桜、好きだ」

 ハッと目を開き、和眞を見ると、せつないまなざしで見下ろしている。

「私……」
「好きだ」

 ぶわっと涙がこみ上げてきて和眞の顔を幾重にも滲ませる。

「わた、し、も……」

 和眞が璃桜の顔を覗き込んできた。

「璃桜?」

 璃桜は和眞の首に両腕を回し、喉元に顔を埋めた。

「璃桜、どうかした?」

 そのままブンブンとかぶりを振る。そんな璃桜を和眞は抱きしめたまましばらく好きにさせてくれた。

「ごめんなさい」
「ん?」
「時々、会ってもらえますか?」
「どういう意味?」

 璃桜は和眞の首に回した腕を離し、震える手で口を押える。

「やっぱり、もう結婚を覆すことはできません。でも、きっと私、苦しくてどうにもならなくなると思うんです。そんな時、こうやって会ってほしい……」
「俺と不倫するって?」

 コクッと頷く璃桜に和眞は切ないまなざしで向けてきた。

「俺と結婚しようと思わないのか?」
「私が思う思わないの問題じゃないでしょ?」

 言外に特定の女性とは交際しないし、結婚する気もないと言っているのは和眞自身だと示され、和眞の瞳に苛立ちの色が点る。それは口調にも表れた。

「プロポーズしたら受けてくれるか? って聞いたよな? あいつを振って俺のものになれとも言った。俺は本気だ」
「あなたを悪者にしたくないんです」
「それは俺を振る理由にならない」
「でも、ダメなものはダメなんです。もう破談にできる段階じゃないの」
「それも俺を拒絶する理由にならない」
「あ!」

 グイッと腕を引っ張られ、璃桜は悲鳴のような声を上げた。

「寂しい時だけ会って抱けって、そんな都合のいいわがまま許されるか。お前がどうにもできないなら、なにもせずじっとしていろ。俺の言うことだけ聞いていればいい。俺がお前を解放する。あの野郎からお前を奪う。わかったか!?」

 和眞の強い口調に璃桜は震えた。怒らせたのだ。自らの理不尽なわがままな要求で。
 遊びの恋愛を楽しむ和眞だから乗ってくれるだろうという安易な考えが彼を怒らせた。
 好きだと言ってくれた人を傷つけた。自分の心ない言葉で。

 璃桜はもうなんの抵抗もできなかった。抱きしめられ、また体に熱を与えられ、何度も何度も啼かされても、ただ受け入れるだけだった。

 このまま消えてしまいたい。
 このまま息の根を止めてほしい。
 このまま死んでしまいたい。
 和眞の腕の中で死ねたら、どんなに幸せだろう。
 苦しくて、もうなにもかも、消えてしまえばいいのに――
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