退屈な映画のあと

みすずと史雄

 その日のみすずは、とある繁華街にある中くらいの映画館の、何も考えずに選んだ席でスクリーンを見つめていた。

◇◇◇

 最近でこそ、どんな映画館でも希望の席を指定するように言われ、上映が終わるたびに観客は総入れ替えされるのが普通だが、1980年代後半というのは、まだそんな時代ではなかった。
 大きな劇場なら、条件のいい席は「指定席」としてカバーがかけられ、少し料金も高くなり、差別化されていることもあったが、大抵は劇場に入ってから適当に選んだ席に腰かけるだけ。混んでいれば、立ち見になることも普通にあった。
 しかも1回分の料金で何度も同じものを見たり、弁当持参で1日中入り浸っている観客も珍しくなかった。

 みすずが劇場で映画を見る頻度は月に1、2回である。
 大抵はひとりで料金の安い「名画座」と呼ばれる二番館、三番館に入り、少し古い映画を見ていたが、時々は史雄(ふみお)も一緒だった。
 史雄はみすずのカレシ――というよりも、肉体関係のある映画友達といった方がしっくりくる間柄である。

 ある小さな劇場で、2人はたまたま隣同士の席で映画を見ていたが、劇場を出たところで史雄がみすずに「君、隣に座ってた子だよね?」と声をかけたのが出会いだった。
 年齢は10歳ほど離れていたが、話してみると意外にうまが合った。

 連絡先を交換し、お互いに特におしゃれもせずに一緒に映画を見たり、感想を話しながらお茶を飲んだり、食事をしたりを繰り返していたが、何度目かの「デート」のとき、史雄はみすずにこんな感じで水を向けた。
 
 「ラブホテルにはビデオデッキがあるんだよ。ビデオ借りて見よう。何もしないから。映画見るだけだから」

 その日、史雄はうっすらとオーデコロンをつけていた。
 実家にいた頃、高校生だった兄が使っていたのと同じ、分かりやすいムスク系。

 みすずはそれに軽い好奇心と嫌悪感を覚えながら、「本当に何もしない?」と確認した。
 といっても、史雄が本気でそう言っているとは思っていなかったし、自分も本気で「何もしない?」と聞いたわけではない。

◇◇◇

 みすすは学校の寮に入っていて、史雄は実家暮らしである。
 そんな事情もあって、お互いの家に行ったことはないが、実は同じ私鉄の路線で三つ離れた最寄り駅に住んでいることは知っていた。
 史雄の住居(すまい)の最寄り駅の方が、大きなホテル街のある新宿や渋谷に少しだけ近かったので、みすずは史雄の最寄り駅で降り、レンタルショップでそれぞれの好みの映画を借り、ホテルで映画を見て、借りたソフトを当日返しをするというのが定番化していった。

 史雄はもともとそのショップの常連らしく、「1本500円だけど、当日返しにすると100円戻ってくるんだ」と説明した。
 寮はもちろん実家にもまだビデオデッキがなく、レンタルビデオを借りる習慣がなかったみすずに、500円が高いのか安いのは分からないが、確かに20%も返ってくるのは大きかったのだろう。
 
 初回は確かに史雄は「何もしなかった」が、下心が隠し切れないような、どこか煽情的(エッチ)な描写の多い映画を選んでいた。

 それぞれが選んだ2本の映画を見てもまだ時間が余る。
 色合いや造りにいかがわしさを感じさせたり、大人のおもちゃのカタログや避妊具が置いてある部屋で、少しも妙な気持ちになることもないまま世間話だけするのも難しい。
 すると、「まあせっかくだから」という調子で、結局セックスもするようになった。
 
 朝の9時、10時に入り、フリータイム料金で夕方まで居座り、ビデオで映画を見る。
 徐々に慣れてくると食料を持ち込んで、食事やおやつも安く済ませることができた。

 史雄は年齢なりの経験はあったし、風俗も利用したことがあるらしい。
 まだ若いみすずは処女だったが、好奇心から体を許した。
 最初のうちは苦痛も大きかったが、徐々にそれなりの快感を得るようになっていった。

 2人はキスもしたし、体を愛撫し合いもしたが、お互い「好き」とは言わない。
 みすずがふざけた調子で「史雄君、好きー」と意思表示をしても、「よせよ。俺たちってそういうんじゃないよな?」と史雄は笑ってごまかした。

 セックスというのは、コミュニケーションで、娯楽で、スポーツだ。
 お互いに「気」があろうがなかろうが、それなりに気持ちのいい行為になってしまう。
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