狂気のサクラ

悲哀

また朝がきた。目覚めた時のこの絶望感。朝が苦手だったはずのに、アラームが鳴り出すよりずっと前に目が覚めてしまう。きちんと眠れているのかも分からない。体が重く、ずっと微熱を感じている。もう少し眠ろうとしても、彼が脳裏から離れない。やりきれない思いと不安感に襲われる。そして今日が始まってもほとんどの時間彼のことを考えている。出会ってからしばらくの間は彼のことを考えるのが嬉しくて楽しくて。でも、そんな時間はすぐに終わってしまった。今は会えなくてただ苦しくて。彼を好きにならなければ、彼と出会わなければよかったのだろうか。なんでもなかった目覚めが今はこんなに辛い。
『おはよう。時間が経てば大丈夫になるからね』
さゆりからLINEがきている。少し涙が出た。
できるものなら彼を知る前に戻りたい。なんでもなかった毎日に戻りたい。でもそんなことは到底不可能で、この記憶は眠らない。私の心は返ってこない。

『有楽』の桜の木はすっかり葉を落とした。金木犀の香ももう届いてはこない。彼と出会った夏はずいぶん遠くなった。秋は私の誕生日もあり過ごし易い季節で好きだったけれど、今年は寒くなるのが早い。寒い季節は嫌いだ。
何故だか直正からは頻繁に連絡がある。他愛もない内容だ。さゆりも毎週のように誘ってくれたし、もう会うこともないだろうと思っていた近藤も何度かそこに訪れた。もう何ヵ月も彼のいない毎日を過ごしている。正確に言えば彼のいた日々は一瞬でしかなかった。言葉にすれば失恋という言葉で片付けられてしまうけれどそんな一言で終われない。あの日の朝から、まだどうしてもうまく笑えない。
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