狂気のサクラ
ライターを持っている親指が熱くなってきた。
私は自分の左手首に炎を這わせていた。
熱いけれど胸の方がずっと熱くて痛い。こんな思い、燃えてなくなればい。
彼のことを忘れろとみんなが言う。さゆりの言葉に耳を塞いできたけれど、もう分かっている。
彼が私を騙したのだと。
好きだなんて抱くための嘘だったのだ。彼は私のことなど少しも好きではなかったのだ。彼の希望は一度きりの関係。明らかに自分に好意のあった私相手にいとも簡単にその目的を遂げたのだ。本当はもう分かっている。認めたくなかっただけだ。受け止めきれなかっただけだ。
右手の親指に力が入らなくなり火は消えた。左手首は赤く腫れ、じんじんと痛む。こんな痛み、なんてことはない。じわりと涙が浮かんできたのが分かる。こんな意味の分からないことをしている自分が自分でも理解できない。滑稽すぎる自分をどう操作すれば良いのだろう。いっそ生きていなければこんな辛い毎日から逃れられるのだろうが。
寒気はどんどんひどくなり頭痛がしてきた。布団に包まり今度こそアロマオイルに火をつけた。温められたオイルからは茂った木の葉の匂いが連想できた。この香りが失恋に効果的だというのならば、沢山並べれば彼をきれいに忘れられるのだろうか。
身体中が熱い。頭が痛い。左手首が痛い。そしてそれよりもずっと心が痛い。涙が止まらない。
< 27 / 48 >

この作品をシェア

pagetop