傲慢なアルファは禁忌を犯して最愛を奪う~腹違いの兄との息子に18年後さらに襲われる女オメガの話~
籠の鳥
禁忌の子
母が父の妾だったように、私も兄の陰の女になった。これも母と同じで、兄は私のうなじを噛まなかった。
それは周囲には、私を男ベータだと偽っているからではなく
「悪いが、お前も俺の本命じゃない」
兄は自分か私を嘲るように笑いながら
「俺が本当に欲しかった人は、もう死んだ。お前は代わりだ」
私を通して、その人を見ようとするように頬を撫でた。
兄が欲しかった人は、どうやら私の母らしい。兄は自分の父の愛人を愛していた。
母は父の本命の代わりで、私は母の代わり。
それを知った私は、自分に対する兄の仕打ちを恨むよりも
「それが本当なら、どうして母を噛まなかったんですか?」
生前の母を思い出す。まだ妾と妻の違いが分からなかった頃。どうしてうなじに噛み痕が無いのかと尋ねる私に
『僕は、あの人が本当に欲しかった人の代わりなんだ』
母は自分の後ろ首に手を当てながら、気弱に微笑むと
『君は君を欲する人に、正しく奪われるといいね』
娘の私にかけた言葉は、きっと母自身の願いだった。
「母はずっと寂しかったのに!」
憶病な私には珍しく、泣きながら兄を非難するも
「殺して奪って欲しかったか? 自分の父から、お前の母を」
その言葉に、私は思わず沈黙した。確かに兄に母を奪えと言うのは、実の父と争えと言うことだ。
これも法が整備される前。アルファとオメガの間によく起こったこと。
愛欲に狂ったアルファは、時に身内を殺してでもオメガを奪う。本来ならアルファの番への執着は、それほど激しいものなのだ。
だけど社会は、私たちを動物ではなく人間にした。女を巡って親兄弟で殺し合うなんて、あってはならないと。
人でありたいと望む私は、もちろんそれを禁忌だと感じた。
しかし兄は
「俺はそうすれば良かったと後悔している。俺たちはどうせケダモノなのに、昔はそれが分からなかった。人の道から外れるべきではないと本能を押し殺して、ただ1人の相手を永遠に失った」
ジッと手の平を見下ろしていた目を上げると、少し寂しげに微笑んで
「そして父と同じように、身代わりに慰めを求めている。お前の心と権利を踏みにじってな」
誰も殺さず何も掴めなかった手で私の頬に触れながら
「お前は俺を恨むといい。そして願え。この世のどこかに居るお前の番は、俺を殺してでもお前を奪う本物のアルファであることを」
兄さんは自分をケダモノだと言った。しかし実際は、少なくとも私と同じくらいには理性と罪悪感がある。
その見えない鎖に縛られて運命の番を逃した後悔から、二度とためらわぬと腹違いの妹に手を出したのだろう。
兄も、そして父も。社会が用意した人間の枠を越えられず、運命の番を永遠に失った。
それが母や私を慰み者にしていい理由にはならないけど、私は不思議と兄を憎めなかった。
人にも獣にもなり切れず密かに苦しむ姿が、自分と似ていたからかもしれない。
兄の相手は、もう居ない。私の相手は、きっと現れない。もし私に運命の番が居たとしても、この兄に敵うとは思えない。
私を見てよだれを垂らすことはあっても、兄を前にすれば、きっと加山君のように逃げ出すだろう。
私たちはお互いに、本当に望む相手とは愛し合えない。その孤独を埋めるように、ひと時そばに居て抱き合った。
心は通わなくても、体を繋げれば子どもはできる。
私は17歳で密かに兄の子を産んだ。私はあくまで男のベータと言うことになっているので、子どもは兄がよその女に産ませたことになった。
ただ兄にはすでにアルファの本妻と、その人との間にアルファの男の子が1人居た。
まさか本妻に愛人の子を押し付けるわけにはいかないので、子どもは私が『叔父』として育てることになった。
兄は私との間にできた息子に、自分の名の一字を取って『征宗』と付けた。私はその名を聞いて驚いた。
「あの、確か本家の息子さんは征臣さんでは?」
『臣』には、その一字で『仕える者』の意味がある。他に誰も居なければ、単に響きがいいから当て字で付けたと思うだろう。
けれど『臣』とは反対に、『宗』には『本家』や『首位の者』などの意味がある。本妻の息子が『征臣』なのに、愛人の子が『征宗』なのはマズくないかと心配したが
「ああ。せいぜい俺の意図を疑って、腹違いの兄弟同士で憎み合えばいい。そうすれば真に強い雄が残る」
兄はあくどい笑顔で言った。
兄自身も他の候補者と争って、当主の座を手に入れたそうだ。
アルファになって、本家の子と当主の座を争うか。ベータになって、空気のように扱われるか。それとも私と同じオメガになるか。
どれがいいとは言えないけど、この子はどんな運命を生きるのだろう?
兄と同じ漆黒の髪を持つ我が子の寝顔を見ながら、将来を案じた。
別宅で子どもの面倒を見ながら、たまに訪れる兄の相手をする日々は、まるで母と同じだった。
短髪に男物の和装にもすっかり慣れた。
母とは名乗れない立場でも、息子との生活は思いのほか楽しかった。
征宗は容姿こそ兄に似ていたが、生き生きとした瞳と豊かな表情を持つ子で
「叔父さん、叔父さん」
と元気に慕ってくれた。
でも息子と暮らせたのは、彼が6歳の時まで。小学校入学時の検診で、征宗がアルファだと分かった。
しかし征宗がアルファであることは、検診を受ける前から分かっていた。
そもそも兄が『宗』の字を与えたのも、この子がアルファだと直感してのことだろう。
実際に征宗は、まだ6歳にもかかわらず強靭な肉体と優れた知性。大人にも怯まない度胸と気高さを持っていた。
それらは兄と同じ上位のアルファの資質だった。
それは周囲には、私を男ベータだと偽っているからではなく
「悪いが、お前も俺の本命じゃない」
兄は自分か私を嘲るように笑いながら
「俺が本当に欲しかった人は、もう死んだ。お前は代わりだ」
私を通して、その人を見ようとするように頬を撫でた。
兄が欲しかった人は、どうやら私の母らしい。兄は自分の父の愛人を愛していた。
母は父の本命の代わりで、私は母の代わり。
それを知った私は、自分に対する兄の仕打ちを恨むよりも
「それが本当なら、どうして母を噛まなかったんですか?」
生前の母を思い出す。まだ妾と妻の違いが分からなかった頃。どうしてうなじに噛み痕が無いのかと尋ねる私に
『僕は、あの人が本当に欲しかった人の代わりなんだ』
母は自分の後ろ首に手を当てながら、気弱に微笑むと
『君は君を欲する人に、正しく奪われるといいね』
娘の私にかけた言葉は、きっと母自身の願いだった。
「母はずっと寂しかったのに!」
憶病な私には珍しく、泣きながら兄を非難するも
「殺して奪って欲しかったか? 自分の父から、お前の母を」
その言葉に、私は思わず沈黙した。確かに兄に母を奪えと言うのは、実の父と争えと言うことだ。
これも法が整備される前。アルファとオメガの間によく起こったこと。
愛欲に狂ったアルファは、時に身内を殺してでもオメガを奪う。本来ならアルファの番への執着は、それほど激しいものなのだ。
だけど社会は、私たちを動物ではなく人間にした。女を巡って親兄弟で殺し合うなんて、あってはならないと。
人でありたいと望む私は、もちろんそれを禁忌だと感じた。
しかし兄は
「俺はそうすれば良かったと後悔している。俺たちはどうせケダモノなのに、昔はそれが分からなかった。人の道から外れるべきではないと本能を押し殺して、ただ1人の相手を永遠に失った」
ジッと手の平を見下ろしていた目を上げると、少し寂しげに微笑んで
「そして父と同じように、身代わりに慰めを求めている。お前の心と権利を踏みにじってな」
誰も殺さず何も掴めなかった手で私の頬に触れながら
「お前は俺を恨むといい。そして願え。この世のどこかに居るお前の番は、俺を殺してでもお前を奪う本物のアルファであることを」
兄さんは自分をケダモノだと言った。しかし実際は、少なくとも私と同じくらいには理性と罪悪感がある。
その見えない鎖に縛られて運命の番を逃した後悔から、二度とためらわぬと腹違いの妹に手を出したのだろう。
兄も、そして父も。社会が用意した人間の枠を越えられず、運命の番を永遠に失った。
それが母や私を慰み者にしていい理由にはならないけど、私は不思議と兄を憎めなかった。
人にも獣にもなり切れず密かに苦しむ姿が、自分と似ていたからかもしれない。
兄の相手は、もう居ない。私の相手は、きっと現れない。もし私に運命の番が居たとしても、この兄に敵うとは思えない。
私を見てよだれを垂らすことはあっても、兄を前にすれば、きっと加山君のように逃げ出すだろう。
私たちはお互いに、本当に望む相手とは愛し合えない。その孤独を埋めるように、ひと時そばに居て抱き合った。
心は通わなくても、体を繋げれば子どもはできる。
私は17歳で密かに兄の子を産んだ。私はあくまで男のベータと言うことになっているので、子どもは兄がよその女に産ませたことになった。
ただ兄にはすでにアルファの本妻と、その人との間にアルファの男の子が1人居た。
まさか本妻に愛人の子を押し付けるわけにはいかないので、子どもは私が『叔父』として育てることになった。
兄は私との間にできた息子に、自分の名の一字を取って『征宗』と付けた。私はその名を聞いて驚いた。
「あの、確か本家の息子さんは征臣さんでは?」
『臣』には、その一字で『仕える者』の意味がある。他に誰も居なければ、単に響きがいいから当て字で付けたと思うだろう。
けれど『臣』とは反対に、『宗』には『本家』や『首位の者』などの意味がある。本妻の息子が『征臣』なのに、愛人の子が『征宗』なのはマズくないかと心配したが
「ああ。せいぜい俺の意図を疑って、腹違いの兄弟同士で憎み合えばいい。そうすれば真に強い雄が残る」
兄はあくどい笑顔で言った。
兄自身も他の候補者と争って、当主の座を手に入れたそうだ。
アルファになって、本家の子と当主の座を争うか。ベータになって、空気のように扱われるか。それとも私と同じオメガになるか。
どれがいいとは言えないけど、この子はどんな運命を生きるのだろう?
兄と同じ漆黒の髪を持つ我が子の寝顔を見ながら、将来を案じた。
別宅で子どもの面倒を見ながら、たまに訪れる兄の相手をする日々は、まるで母と同じだった。
短髪に男物の和装にもすっかり慣れた。
母とは名乗れない立場でも、息子との生活は思いのほか楽しかった。
征宗は容姿こそ兄に似ていたが、生き生きとした瞳と豊かな表情を持つ子で
「叔父さん、叔父さん」
と元気に慕ってくれた。
でも息子と暮らせたのは、彼が6歳の時まで。小学校入学時の検診で、征宗がアルファだと分かった。
しかし征宗がアルファであることは、検診を受ける前から分かっていた。
そもそも兄が『宗』の字を与えたのも、この子がアルファだと直感してのことだろう。
実際に征宗は、まだ6歳にもかかわらず強靭な肉体と優れた知性。大人にも怯まない度胸と気高さを持っていた。
それらは兄と同じ上位のアルファの資質だった。