傲慢なアルファは禁忌を犯して最愛を奪う~腹違いの兄との息子に18年後さらに襲われる女オメガの話~
我が子に背を向けて
征宗が6歳になるまでに、兄と本妻の間には、さらに子どもが2人生まれた。1人はベータだったが、もう1人はアルファだった。
本妻に2人もアルファの子が居るなら、わざわざ妾の子まで加える必要は無さそうだ。けれど、どうやら征宗は、本妻の子どもたちよりも上位の資質があるようで
「お前は跡取り候補として、これからは本家で育てる」
小学校の入学を期に、本家で他の子たちと同じ教育を受けることになった。
しかし征宗からすれば、兄は父親のくせに愛人の子だからと弟に養育を丸投げした薄情者だ。
征宗が父母を恋しがったことは無いが、両親が居なくても構わないくらいの『叔父さんっ子』だったのだから、私といきなり引き離されて文句が無いはずがない。
「今までさんざん放っておいたくせに勝手に決めんな!」
征宗は烈火のごとく怒り、小さな体で兄に殴りかかった。それは最終的には負けることを前提とした形だけの反抗ではなく、本気の殺意だった。
兄は大人で、征宗はまだ6歳だ。普通なら上位のアルファの命令に屈する習性が、子どもでも作用するはず。それなのに、なぜか征宗には利かなかった。
兄は猛獣のように自分に噛みつく我が子を
「癇の強いことだ」
ニヤリと見下ろすと、私の目の前でボコボコに痛めつけて、無理やり本家に連れ帰った。
普通の母親なら幼い息子が父親に動けなくなるまで殴られたら、怒るか悲しむだろう。
しかし私は気絶する寸前まで殺意の形相で父を睨み、抗い続けた息子に心配よりも恐怖を抱いた。
征宗はやはり心身ともに異常にタフな子で、たびたび本家を脱走しては私のもとに戻って来た。
脱走するたびに捕まって、厳しい体罰を受けるのに。前にできた痣が治り切らないうちに、何度でも脱走する息子に兄は
「これ以上脱走を繰り返すなら、お前が容易に会いに行けないほど、コイツを遠くに隔離する」
私を使って脅迫し、ようやく征宗を従わせた。
本家で後継者としての教育を受ける代わりに、征宗は私と月1の面会を許された。
しかし本家で暮らすようになっても、征宗が実の父に懐くことはなく
「アイツ、本当に嫌いだ。いつか絶対に殺してやる」
あれから6年経って、征宗は12歳になった。上位のアルファと見込まれて連れて行かれただけあって、学校の成績はすこぶる良かったが、兄への敵意は消えないようだった。
母親から引き離されて、自分にとっての敵地で暮らす。征宗が兄を憎みたくなる気持ちは分かるが
「いくら嫌いでも殺すは言い過ぎだよ。それも実のお父さんに」
どれほど嫌いな相手でも酷い言葉は使って欲しくないと、保護者として注意するも
「俺はアイツが親だなんて思わないもん。俺の家族は叔父さんだけだ。他は誰も要らない」
そう言いながら征宗は、正座する私のお腹に抱き着いて、膝に顔を埋めた。
恐ろしいほどの激情を見せる反面、征宗は私の前では普通の子どもらしく、幼く健気な一面を見せる。
こんなに私を慕うのは、無意識に母だと感じてのことだろう。
アルファというだけで母から引き離されたこの子が憐れで、私は征宗の頭を撫でながら
「……叔父さんに甲斐性が無いばかりに、一緒に暮らせなくてゴメンね」
この子はなぜか一度も私に
『どうして父さんから助けてくれないの?』
と泣きつかなかった。普通の子どもなら困難に直面した時、保護者に助けを求めるだろうに。
この時も征宗は、起き上がって私と向き合うと
「叔父さんは気に病まなくていいよ。アイツが俺に跡を継げと言うなら、そうしてやる。お望みどおり誰よりも強く賢くなって、アイツの持ちもの全部奪ってやるんだ」
火のように激しく、虎のように 獰猛な目の色。けれど、その目に燃えているのが怒りや憎悪では無いことを、笑みの形に歪んだ口元が教えていた。
この子は闘争を愉しんでいる。
一瞬ゾッとしたが、征宗はすぐにもとの子どもらしい笑みに戻って
「そうしたら誰にも気兼ねせず、また叔父さんと一緒に暮らせるもんな」
年相応のやんちゃな笑顔に私はホッとして
「きっと、その頃には他に大切な人ができているよ」
大人になる頃には、征宗もきっと恋をする。
この子はだいぶ勝ち気で一歩も引かない性格なので、きっと父や兄のように番を噛み損ねることは無いだろう。
アルファの渇望を癒やせるのが運命の番だけなら、孤独を埋められたこの子にとって私は用済みになる。
私の言葉に、征宗は無垢な顔で首を傾げて
「大切な人って、運命の番ってヤツ?」
「よく知っているね、運命の番なんて」
驚く私に、征宗は続けて
「アイツが前に言っていたよ。上位のアルファほど番への執着が激しくなるんだって。他の雑魚みたいに適当な相手で自分を誤魔化して生きることはできないから、運命の番を逃したアルファは一生不幸だってさ」
兄にとっての適当な相手は私なので、そんなことを言っていたのかと少し苦い気持ちだった。
とにかく兄から運命の番について聞いたらしい征宗は
「アイツは嫌いだけど、その話はよく分かった」
幼い顔には不似合いな捕食者の笑みを浮かべて
「だから俺は絶対にアイツと同じ轍は踏まない。どんな障害があっても全て排除して、必ずソイツの首を噛むんだ」
我が子にこんなことを思うなんて、いけないかもしれない。
しかし私は、あまりにもアルファらしい傲慢さと激しさを持つ征宗が、兄以上に苦手だった。
性格が合わないなどの嫌悪では無い。ただ実の父に噛みつき、気絶するまで食らいつく激情。
あの獣のような獰猛さが、いつか自分に向くのではないかと恐怖していた。
だから私は、兄が別宅に訪れた時に
「月1の面会にも耐えられないほど、実の息子が恐ろしいか?」
静かにお酒を飲みながら問う兄に、私はてっきり責められているのだと
「すみません。私があの子を産んだのに」
「望んで産んだわけでは無いだろう。俺に詫びる必要は無い」
兄は素っ気なく答えると
「ただ俺がお前を護れるのは生きている間だけだ。死後の保証まではできん」
生きている間しか護れないのは当然なのに、わざわざ死後の保証はできないという兄に私は苦笑しながら
「兄さんが亡くなる頃には、あの子も薄情な叔父のことなんて忘れていますよ」
「人がみな天寿を全うするとは限らない。俺たちの父も、お前の母もそうだったろう」
確かにそうだと私は黙った。
いかにも薄幸そうな母はともかく、玖藍家の当主だった父も早くに亡くなった。表向きは病死だが、実際は酒や薬物の乱用が原因だったと言う。
母は父を亡くしてから、日に日に食が細くなって衰弱死した。どちらも、まるで孤独に蝕まれるような最期だった。
沈黙によって理解を示す私に、兄は厳しい表情で
「本気でアイツから逃げたいなら、俺とも縁を切れ。二度と玖藍家に関わるな」
それは怒りによる絶縁ではなく、私の希望を叶えるための純粋な助言だった。
その証拠に兄は、私が一生暮らせるだけのお金をくれた。
私は兄の指示に従い、誰にも行き先を告げずに姿をくらました。
本妻に2人もアルファの子が居るなら、わざわざ妾の子まで加える必要は無さそうだ。けれど、どうやら征宗は、本妻の子どもたちよりも上位の資質があるようで
「お前は跡取り候補として、これからは本家で育てる」
小学校の入学を期に、本家で他の子たちと同じ教育を受けることになった。
しかし征宗からすれば、兄は父親のくせに愛人の子だからと弟に養育を丸投げした薄情者だ。
征宗が父母を恋しがったことは無いが、両親が居なくても構わないくらいの『叔父さんっ子』だったのだから、私といきなり引き離されて文句が無いはずがない。
「今までさんざん放っておいたくせに勝手に決めんな!」
征宗は烈火のごとく怒り、小さな体で兄に殴りかかった。それは最終的には負けることを前提とした形だけの反抗ではなく、本気の殺意だった。
兄は大人で、征宗はまだ6歳だ。普通なら上位のアルファの命令に屈する習性が、子どもでも作用するはず。それなのに、なぜか征宗には利かなかった。
兄は猛獣のように自分に噛みつく我が子を
「癇の強いことだ」
ニヤリと見下ろすと、私の目の前でボコボコに痛めつけて、無理やり本家に連れ帰った。
普通の母親なら幼い息子が父親に動けなくなるまで殴られたら、怒るか悲しむだろう。
しかし私は気絶する寸前まで殺意の形相で父を睨み、抗い続けた息子に心配よりも恐怖を抱いた。
征宗はやはり心身ともに異常にタフな子で、たびたび本家を脱走しては私のもとに戻って来た。
脱走するたびに捕まって、厳しい体罰を受けるのに。前にできた痣が治り切らないうちに、何度でも脱走する息子に兄は
「これ以上脱走を繰り返すなら、お前が容易に会いに行けないほど、コイツを遠くに隔離する」
私を使って脅迫し、ようやく征宗を従わせた。
本家で後継者としての教育を受ける代わりに、征宗は私と月1の面会を許された。
しかし本家で暮らすようになっても、征宗が実の父に懐くことはなく
「アイツ、本当に嫌いだ。いつか絶対に殺してやる」
あれから6年経って、征宗は12歳になった。上位のアルファと見込まれて連れて行かれただけあって、学校の成績はすこぶる良かったが、兄への敵意は消えないようだった。
母親から引き離されて、自分にとっての敵地で暮らす。征宗が兄を憎みたくなる気持ちは分かるが
「いくら嫌いでも殺すは言い過ぎだよ。それも実のお父さんに」
どれほど嫌いな相手でも酷い言葉は使って欲しくないと、保護者として注意するも
「俺はアイツが親だなんて思わないもん。俺の家族は叔父さんだけだ。他は誰も要らない」
そう言いながら征宗は、正座する私のお腹に抱き着いて、膝に顔を埋めた。
恐ろしいほどの激情を見せる反面、征宗は私の前では普通の子どもらしく、幼く健気な一面を見せる。
こんなに私を慕うのは、無意識に母だと感じてのことだろう。
アルファというだけで母から引き離されたこの子が憐れで、私は征宗の頭を撫でながら
「……叔父さんに甲斐性が無いばかりに、一緒に暮らせなくてゴメンね」
この子はなぜか一度も私に
『どうして父さんから助けてくれないの?』
と泣きつかなかった。普通の子どもなら困難に直面した時、保護者に助けを求めるだろうに。
この時も征宗は、起き上がって私と向き合うと
「叔父さんは気に病まなくていいよ。アイツが俺に跡を継げと言うなら、そうしてやる。お望みどおり誰よりも強く賢くなって、アイツの持ちもの全部奪ってやるんだ」
火のように激しく、虎のように 獰猛な目の色。けれど、その目に燃えているのが怒りや憎悪では無いことを、笑みの形に歪んだ口元が教えていた。
この子は闘争を愉しんでいる。
一瞬ゾッとしたが、征宗はすぐにもとの子どもらしい笑みに戻って
「そうしたら誰にも気兼ねせず、また叔父さんと一緒に暮らせるもんな」
年相応のやんちゃな笑顔に私はホッとして
「きっと、その頃には他に大切な人ができているよ」
大人になる頃には、征宗もきっと恋をする。
この子はだいぶ勝ち気で一歩も引かない性格なので、きっと父や兄のように番を噛み損ねることは無いだろう。
アルファの渇望を癒やせるのが運命の番だけなら、孤独を埋められたこの子にとって私は用済みになる。
私の言葉に、征宗は無垢な顔で首を傾げて
「大切な人って、運命の番ってヤツ?」
「よく知っているね、運命の番なんて」
驚く私に、征宗は続けて
「アイツが前に言っていたよ。上位のアルファほど番への執着が激しくなるんだって。他の雑魚みたいに適当な相手で自分を誤魔化して生きることはできないから、運命の番を逃したアルファは一生不幸だってさ」
兄にとっての適当な相手は私なので、そんなことを言っていたのかと少し苦い気持ちだった。
とにかく兄から運命の番について聞いたらしい征宗は
「アイツは嫌いだけど、その話はよく分かった」
幼い顔には不似合いな捕食者の笑みを浮かべて
「だから俺は絶対にアイツと同じ轍は踏まない。どんな障害があっても全て排除して、必ずソイツの首を噛むんだ」
我が子にこんなことを思うなんて、いけないかもしれない。
しかし私は、あまりにもアルファらしい傲慢さと激しさを持つ征宗が、兄以上に苦手だった。
性格が合わないなどの嫌悪では無い。ただ実の父に噛みつき、気絶するまで食らいつく激情。
あの獣のような獰猛さが、いつか自分に向くのではないかと恐怖していた。
だから私は、兄が別宅に訪れた時に
「月1の面会にも耐えられないほど、実の息子が恐ろしいか?」
静かにお酒を飲みながら問う兄に、私はてっきり責められているのだと
「すみません。私があの子を産んだのに」
「望んで産んだわけでは無いだろう。俺に詫びる必要は無い」
兄は素っ気なく答えると
「ただ俺がお前を護れるのは生きている間だけだ。死後の保証まではできん」
生きている間しか護れないのは当然なのに、わざわざ死後の保証はできないという兄に私は苦笑しながら
「兄さんが亡くなる頃には、あの子も薄情な叔父のことなんて忘れていますよ」
「人がみな天寿を全うするとは限らない。俺たちの父も、お前の母もそうだったろう」
確かにそうだと私は黙った。
いかにも薄幸そうな母はともかく、玖藍家の当主だった父も早くに亡くなった。表向きは病死だが、実際は酒や薬物の乱用が原因だったと言う。
母は父を亡くしてから、日に日に食が細くなって衰弱死した。どちらも、まるで孤独に蝕まれるような最期だった。
沈黙によって理解を示す私に、兄は厳しい表情で
「本気でアイツから逃げたいなら、俺とも縁を切れ。二度と玖藍家に関わるな」
それは怒りによる絶縁ではなく、私の希望を叶えるための純粋な助言だった。
その証拠に兄は、私が一生暮らせるだけのお金をくれた。
私は兄の指示に従い、誰にも行き先を告げずに姿をくらました。