傲慢なアルファは禁忌を犯して最愛を奪う~腹違いの兄との息子に18年後さらに襲われる女オメガの話~

牙を剥く獣

 思いがけない言葉に、私は「……へっ?」と間抜けな声を漏らして

「い、今なんて?」

 聞き違いであることを願ったが、征宗はニッコリと

「叔父さんは本当に可愛いね。まさか俺が18になっても、アンタの(つたな)い嘘を信じていると思ったの?」

 私の愚かさを嘲笑うように意地悪に目を細めて

「騙されていたのはアンタのほうだよ。俺は子どもの頃から、アンタが女だと知っていた」
「そ、そんな。どうして? いつから?」

 確かに私の男装は完璧ではない。でも女だと気づいたなら、子どもは無邪気に「どうして男のフリをしているの?」と問うだろう。

 だから私は、問われないということは疑われていないと受け取っていたのだが

「子どもの頃。親父は俺たちが暮らす別宅に、週に1度は必ず訪れた。表向きは俺の顔を見るためってことだったけど、その割には俺がもう寝るような遅い時間にやって来た。俺が寝ている間に、アンタを抱くためにね」

 子どもだった征宗は、流石に最初から男女の関係に気付いていたわけじゃなかった。

 ただ大嫌いな父が、大好きな叔父さんを独り占めにしている。そのことに嫉妬して、大人だけで何をしているんだと(ふすま)の隙間からコッソリ覗いたらしい。

「アンタは男のような短髪に、遊女みたいな真っ赤な打掛(うちかけ)を着せられて、無いはずの乳房を揺らして親父に抱かれていた」

 征宗の言葉に、あの倒錯的なひと時を思い出した。父の想い人のフリをした母と同じ姿で、腹違いの兄に抱かれる。頭がおかしくなりそうなほど甘美で歪んだ時間。

 動揺のあまり蒼白になる私を、征宗はさらに(はずかし)めるように笑いながら

「番にするんじゃなきゃ女なんて誰だっていいだろうに。わざわざ腹違いの妹に手を出したことといい、先代は澄ました顔して、なかなかいい趣味だったね?」

 腹違いの兄に抱かれていたと知られたばかりか、見られていたと分かって、死にそうなほど恥ずかしかった。

 だけど今は、それ以上に

「言いたいのはそれだけ? ただ私を(なじ)りたかっただけ?」

 私がふしだらな女だと、軽蔑されるだけならいい。どうせ6年前、幼いこの子を捨てて逃げた時点で、私は保護者としての資格を失っている。

 問題は、もう1つの秘密に征宗が気づいているのかどうか。

 どうか知らないでと願った。親の過ちのせいで、この子が自分を憎まないように。

 けれど征宗は

「誤解しないで。女を詰る趣味は無い。俺はただお互いに、そろそろ下手な芝居はやめて、本音で接しようと言っているだけさ――――母さん?」

 しかしその言葉に、私が「っ」と息をのむと

「……ああ、その反応。やっぱりアンタが俺の母親か」

 息子の顔から、ずっと保っていた笑みが消える。その反応で私とここで話すまでは、まだ推測だったのだと気づいた。

「ご、ゴメンなさい」
「それはなんの謝罪?」
「今まで騙していて。幼いあなたを置いて逃げて。私があなたを産んでしまってゴメンなさい……」

 征宗の顔を見られず、畳に手を付いて震えながら謝る。次の瞬間には

『謝って済むはずが無いだろ!』

 子どもの頃、実の父に噛みついたあの剣幕で、烈火のごとく責められるだろうと覚悟した。

 しかし実際は

「可愛い」
「へっ?」

 予期せぬ一言に顔を上げると、征宗は妙に甘ったるい笑顔で

「いや? 親父みたいなゴリゴリのアルファに迫られて、アンタに拒否権があったわけがないのに。自分のせいだなんて気に病んでいるの、本当にお人よしで可愛いなって」

 まるで私には非が無いような言い方に

「お、怒ってないの? 自分が私と兄さんの子どもだと知って」

 信じられない気持ちで問うと、征宗は皮肉な笑みを浮かべて

「近親相姦の末の子だなんて穢れているって? なんで俺が世間の道理に従って、自分を嫌わなきゃいけない? もっとゴミみたいなヤツラ、世間にはいくらでも居るだろ」

 確かに親が過ちを犯したからって、生まれた子どもに罪は無い。だからって普通は、そう簡単に割り切れるものではない。

 しかし征宗が自分を護ろうとして世間の圧力に負けまいと、無理に虚勢を張っている様子は無かった。

 恐らく本気で他人が決めたルールなど、どうでもいいと思っている。

 「自分はケダモノだ」と繰り返すことで、意識的にその枠を破ろうとしていた兄とは違う。

 太古には暴力で他を支配していた。周りに合わせるのではなく、自分に他を従わせる天性の傲慢さ。

 この子は本物のアルファだ。

 見た目は同じ人間なのに、中身は草食獣と肉食獣ほども違う。

 食われる側の私は、まるで獅子を前にした子ヤギのように、震えと冷や汗が止まらなくなった。

 そんな緊張状態の中。彼は再び口を開いて

「まぁでも全く気にしてないと言ったら嘘になる。アンタが他の男に孕まされたのは気に入らない」
「ど、どういう意味?」
「いい加減、鈍感なフリはやめて、自分の感覚に正直になったら?」

 征宗はふとこちらに身を乗り出すと、長い指で私のうなじをなぞって

「気づいていたはずだよ。だから逃げたんだろ? このままじゃ実の息子に食われるってさ」

 私がずっと目を背けていた恐怖の根源を突きつけた。

 けれど私は、この期に及んで実の息子に性的に狙われていると信じたくなくて

「う、嘘でしょう? まさか実の母親にそんなこと」

 否定する言葉と裏腹に、体は勝手に征宗から逃げようと後ずさる。

 しかし生まれながらの支配者であるアルファに目を付けられたら、他の種は一たまりもない。

 食われると分かっていても、まるで自らを王に捧げようとするように、体が動かなくなる。

 征宗は震えるだけで逃げられない私を、いとも容易く布団の上に組み敷くと

「子どもの頃に言っただろ。俺はアイツと同じ轍は踏まない。アンタが何者だろうが、必ず俺のものにする」

 アルファらしい傲慢さと激しさで私を奪った。
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