天才と呼ばれた彼女は無理やり入れられた後宮で怠惰に過ごしたい!①
後宮に訪れた静けさ
「お嬢様ーーっ!」
アナベルが帰ってきた。ガシッと私は彼女を抱きしめた。
「良かった。アナベル、元気になったのね。怖い思いさせてごめんなさいね」
私の言葉にアナベルが涙ぐむ。
「な、なに言ってるんですか!お嬢様の方がひどい目にあったというのに!陛下が少し休むようにと仰ってくれたので、お言葉に甘えたのです」
アナベルは牢屋での生活に気を張っていたらしく、出てきてからは高熱続きだった。やっと元気になってくれ、ホッとした。
「お嬢様はお身体は大丈夫なのですか?」
「うーん、それが……なんともないのよね。意外と頑丈だったわ!アハハハ!」
お嬢様のわりに自分が逞しくて、笑ってしまう私にアナベルが、優しく微笑む。
「ウィルバート様のおかげですね。良かったですね」
ギクッとした。ウィルのことを言われるとなんとなく身構えてしまう。
「クラーク男爵家にも知らせはいき、驚いているそうですよ。娘が牢屋に入れられたと思ったら、次は陛下の花嫁になる!?と、大騒ぎされてるとメイド仲間から聞きました」
「確かに、すごい差よね」
驚くのも無理はない。地に落とされたと思ったら、天まで舞い上がってる両親の姿が目に浮かぶ。
「で、お嬢様は何をしてるんですか?」
「いつも通り読書とティータイムよ」
「なんでですか!?王妃になるために何かしないのですか!?」
感動の再会は終わり、いつものアナベルだ。
「とりあえずウィルは待つと言ったもの。フフン。あっちがその気なら十年でも百年でも待ってもらうわよ!」
「それは困るなー」
カチャッとドアが開く。
「ちょっと!ウィル、勝手に入って来ないでよ。ノックくらいしないさいよーっ!」
「お嬢様!もうウィルバート様はウィルではありません!その口の利き方はいけません!」
アナベルが慌てる。そして、サッと下がって深く頭を下げて、敬意を払う。その様子を困ったようにウィルは見た。
「いいんだ。リアンにいきなりかしこまられると気持ち悪いよ。でも人前では猫被ってほしいな。一応、威厳は保たなきゃいけないからね」
頬をふくらませている私にウィルは冗談っぽく笑って言った。
「オレのための後宮なんだし、いつ来てもいいだろ?」
「なっ!そ…そうだけどっ!」
ヒョイッとウィルは私に近づいて、手を取る。
「さて、リアン男爵令嬢。これより後宮は君だけになる。皆を見送ろう」
「えっ?」
私の手を自分の腕に置かせ、歩き出す。
後宮にいた令嬢達を迎えに次々と馬車が来る。ウィルは一人一人に丁寧に礼を述べている。その言葉に涙を流す人、深々と礼をする人、感動する人など様々だ。
本当に帰しちゃうんだと目の前で行われていることの意味を理解していく。わざわざ私をこの立ち位置にし、ウィルは皆に知らしめるためにしたのだ。彼は本気で私を王妃にするのだろうか?
「私、おかしくない?帰る側じゃなくて?」
「おかしくありませんよっ!ほら!お辞儀してくださいよ!」
途中でちょっと不安になり、そんな言葉を漏らすと、後に控えているアナベルに叱られる。
もちろん、陛下の威厳を保つため、私はきちんと猫被り、ごきげんよう、お元気でと令嬢らしく、ウィルの傍にいて、優雅にお辞儀をし、笑顔の仮面をつけ、挨拶をしている。笑いを保っているから口角の筋肉が痛い。
王妃にならないように怠惰に全力を尽くしてたのに、気づけば、私が残る方になっていると現実を受け止めざるを得ない。……当初の計画とだいぶ違う。
全員が帰った後、そういえばと私は尋ねた。私を陥れた二人の姿が見えなかった。
「シエラ様とミリー様は?」
「あの二人?流刑地に送ってやったけど?」
えええええ!?と人がいなくなった広いがらんとした静かな後宮に私の声が響いた。
「や、やりすぎよ!」
私の言葉に目を細めるウィル。
「どこが?縛り首やその場で斬り捨てられなかっただけありがたく思えばいい」
後ろに控えている護衛騎士が口を挟む。
「陛下は本来、気性は荒いです。このくらいで済んだことに彼女たちは感謝すべきです」
その言葉にウィルがニヤリと笑った。
「リアンにも言ったはずだ。陛下は気性か荒いし負けず嫌いだってね」
「自分のことを言っていたのね……」
私は額に手を当てた。ウィルがそこまでする人だったとは……。
後宮は静まりかえり、寂しいほどになったのだった。
「王様って後宮で美しい女性達を何人も侍らかすイメージなのに、ウィルはたった一人だけにするの?前王もたくさんいたんじゃ……」
「オレはリアンだけで良い。後宮に誰かを入れると、その分、リアンに危険が及ぶ。誰もいらない。君が傍にいてくれれば良い」
私の言葉を遮って言うウィル。なんなの!?すごい熱烈なセリフを言うのね。自分の顔が赤くなるのが、わかった。
でも、なんだか彼は過剰に心配しすぎてる。それが気になった。同じ私塾へ通っていて、私の実力をよく知っているはずなのだ。そこまで不安にさせる無力な私ではないと思うのだけど。
チラッと見ると、ウィルは笑っていなかった。どこか遠くを見ている目は私を映していない。悔やむような悲しそうな顔をしていた。今、何を考え、何を思っているのだろう?
後々知ることになるのだが、この時の私はまだウィルの過去を知らなかった。知っていれば彼が二つの顔を持ちながら、生きている意味を理解できたかもしれないのに……。
アナベルが帰ってきた。ガシッと私は彼女を抱きしめた。
「良かった。アナベル、元気になったのね。怖い思いさせてごめんなさいね」
私の言葉にアナベルが涙ぐむ。
「な、なに言ってるんですか!お嬢様の方がひどい目にあったというのに!陛下が少し休むようにと仰ってくれたので、お言葉に甘えたのです」
アナベルは牢屋での生活に気を張っていたらしく、出てきてからは高熱続きだった。やっと元気になってくれ、ホッとした。
「お嬢様はお身体は大丈夫なのですか?」
「うーん、それが……なんともないのよね。意外と頑丈だったわ!アハハハ!」
お嬢様のわりに自分が逞しくて、笑ってしまう私にアナベルが、優しく微笑む。
「ウィルバート様のおかげですね。良かったですね」
ギクッとした。ウィルのことを言われるとなんとなく身構えてしまう。
「クラーク男爵家にも知らせはいき、驚いているそうですよ。娘が牢屋に入れられたと思ったら、次は陛下の花嫁になる!?と、大騒ぎされてるとメイド仲間から聞きました」
「確かに、すごい差よね」
驚くのも無理はない。地に落とされたと思ったら、天まで舞い上がってる両親の姿が目に浮かぶ。
「で、お嬢様は何をしてるんですか?」
「いつも通り読書とティータイムよ」
「なんでですか!?王妃になるために何かしないのですか!?」
感動の再会は終わり、いつものアナベルだ。
「とりあえずウィルは待つと言ったもの。フフン。あっちがその気なら十年でも百年でも待ってもらうわよ!」
「それは困るなー」
カチャッとドアが開く。
「ちょっと!ウィル、勝手に入って来ないでよ。ノックくらいしないさいよーっ!」
「お嬢様!もうウィルバート様はウィルではありません!その口の利き方はいけません!」
アナベルが慌てる。そして、サッと下がって深く頭を下げて、敬意を払う。その様子を困ったようにウィルは見た。
「いいんだ。リアンにいきなりかしこまられると気持ち悪いよ。でも人前では猫被ってほしいな。一応、威厳は保たなきゃいけないからね」
頬をふくらませている私にウィルは冗談っぽく笑って言った。
「オレのための後宮なんだし、いつ来てもいいだろ?」
「なっ!そ…そうだけどっ!」
ヒョイッとウィルは私に近づいて、手を取る。
「さて、リアン男爵令嬢。これより後宮は君だけになる。皆を見送ろう」
「えっ?」
私の手を自分の腕に置かせ、歩き出す。
後宮にいた令嬢達を迎えに次々と馬車が来る。ウィルは一人一人に丁寧に礼を述べている。その言葉に涙を流す人、深々と礼をする人、感動する人など様々だ。
本当に帰しちゃうんだと目の前で行われていることの意味を理解していく。わざわざ私をこの立ち位置にし、ウィルは皆に知らしめるためにしたのだ。彼は本気で私を王妃にするのだろうか?
「私、おかしくない?帰る側じゃなくて?」
「おかしくありませんよっ!ほら!お辞儀してくださいよ!」
途中でちょっと不安になり、そんな言葉を漏らすと、後に控えているアナベルに叱られる。
もちろん、陛下の威厳を保つため、私はきちんと猫被り、ごきげんよう、お元気でと令嬢らしく、ウィルの傍にいて、優雅にお辞儀をし、笑顔の仮面をつけ、挨拶をしている。笑いを保っているから口角の筋肉が痛い。
王妃にならないように怠惰に全力を尽くしてたのに、気づけば、私が残る方になっていると現実を受け止めざるを得ない。……当初の計画とだいぶ違う。
全員が帰った後、そういえばと私は尋ねた。私を陥れた二人の姿が見えなかった。
「シエラ様とミリー様は?」
「あの二人?流刑地に送ってやったけど?」
えええええ!?と人がいなくなった広いがらんとした静かな後宮に私の声が響いた。
「や、やりすぎよ!」
私の言葉に目を細めるウィル。
「どこが?縛り首やその場で斬り捨てられなかっただけありがたく思えばいい」
後ろに控えている護衛騎士が口を挟む。
「陛下は本来、気性は荒いです。このくらいで済んだことに彼女たちは感謝すべきです」
その言葉にウィルがニヤリと笑った。
「リアンにも言ったはずだ。陛下は気性か荒いし負けず嫌いだってね」
「自分のことを言っていたのね……」
私は額に手を当てた。ウィルがそこまでする人だったとは……。
後宮は静まりかえり、寂しいほどになったのだった。
「王様って後宮で美しい女性達を何人も侍らかすイメージなのに、ウィルはたった一人だけにするの?前王もたくさんいたんじゃ……」
「オレはリアンだけで良い。後宮に誰かを入れると、その分、リアンに危険が及ぶ。誰もいらない。君が傍にいてくれれば良い」
私の言葉を遮って言うウィル。なんなの!?すごい熱烈なセリフを言うのね。自分の顔が赤くなるのが、わかった。
でも、なんだか彼は過剰に心配しすぎてる。それが気になった。同じ私塾へ通っていて、私の実力をよく知っているはずなのだ。そこまで不安にさせる無力な私ではないと思うのだけど。
チラッと見ると、ウィルは笑っていなかった。どこか遠くを見ている目は私を映していない。悔やむような悲しそうな顔をしていた。今、何を考え、何を思っているのだろう?
後々知ることになるのだが、この時の私はまだウィルの過去を知らなかった。知っていれば彼が二つの顔を持ちながら、生きている意味を理解できたかもしれないのに……。