天才と呼ばれた彼女は無理やり入れられた後宮で怠惰に過ごしたい!①

ウィルとウィルバート

 記憶の中に泣き叫んでいる子どもがいる。

「お母様!死なないで!嫌だー!」

 どんどん冷たくなる母の体をオレはずっと抱きしめた。目を閉じた美しい母はそのまま目を開けることはなかった。泣いている子どもはオレだ。

 母はオレが幼い頃、後宮で亡くなった。毒殺された。平民でありながらも後宮に入り、寵愛されていたせいで、嫉妬に狂った女がいた。

 危うくリアンまで母と同じように失いかけた。誰にも言えなかったが、リアンの倒れた姿を見た時、失うことの怖さで、震えが止まらなかった。

 母を亡くしたオレは無我夢中で、王を目指す。弱くて甘い自分は封じ、隙を見せず、常に強くあるように振舞った。

 その道を行くしか自分は生き残れないという恐怖の中で、勉学と訓練を必死にして誰よりも強くなろうとしてきた。どれだけ傷だらけになっても、どれだけ苦しくても生きてく道は一つしかない。母のように冷たい体になりたくなければ。

 幸い、男児はオレしか産まれなかった。そして王は病気を患っていたから、かろうじて殺されることがなかった。これだけは運が良かったと言える。

「ウィルバート殿下、息抜きにわたしの私塾へ遊びに来ませんか?同年代の者と会話をかわすのも勉強になりますよ。面白い才能のある者たちが集っております」

 高名な先生を王宮に招いて、勉学全般を見てもらっていたが、そう誘ってくれたことがあった。オレは気まぐれに一度だけ行ってみようと思った。

 そこで幼いリアンに出会った。

 まぁ、最初の出会いはそんな良いものではなく、強烈だった。

「キャー!ごめんなさい」

 先生の私塾の扉を開けると、いきなり水爆弾の魔法の洗礼を食らった。頭からびしょ濡れ。慌てて、タオルを持ってきて拭こうとする少女を怒鳴りつけたくなった。

「今、魔力値によって、変わる水の量とそれに空気中の水分の干渉があるかどうかの………」

 なんだか言い訳というか、魔法のうんちくを語りだす幼いリアンに驚く。そして一生懸命拭いてくれているのが、なんだか……可愛かった。

「あなた!傷だらけじゃない!」

 服をいつの間にめくられていた。おい……勝手にやめろ!と言う前に彼女は手を当てて癒やしの魔法を使う。温かくその力は淡い光を放つ。こんな幼い子が治癒の魔法を!?と再び驚いて顔を見ると、ニコッと笑ったリアンの顔に見惚れる。目が離せなくなった。

「これで大丈夫よ!他は痛くない?」

「あ……うん……」

 我ながら間抜けな返事しかできなかった。

 オレはたぶん、もうその時には恋に落ちていたんだと思う。城では強いウィルバートを演じ、彼女の前だけは、幼い頃の自分と同じようにのんびりで少し弱気なウィルでいた。

 ウィルとウィルバート。二人の自分がいたからこそ、苦しい暗い闇だけにとらわれず、正しさを持ちながら、光が指す方へ真っ直ぐに生きて来れた。

 わざと、訓練の傷を残していって、彼女に治癒の魔法を施してもらうことも幸せだった。一度砕けてしまったオレの心まで癒やされる気がした。できるなら、このままずっとリアンと永遠にいれたら良いのにと……それは叶わないことだと何度も思いながら、王宮へと帰っていった。

 だが、もう逃げれないタイムリミットの時がきたんだ。終わりの時が来た。ウィルバートの姿を見せてしまった。自分がすべきことはわかってる。彼女を解放して、自由にするべきだ。そう優しいウィルがずっと自分の中で言っている。

 ……拳を作り、グッと握る。痛いほどに。
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