見習い料理研究家は甘党消防士に捕獲されました。
「芽久さんは、どうしてここに来たの?」

 出来る限り穏やかに聞こえる声で、そう問いかけてみる。

 そうすれば、彼女は私からそっと視線を逸らした。

「……大した理由じゃないよ」

 素っ気なく言葉を返される。

 ちょっと凹みそうになるけれど、私はどうしてか彼女を放っておけなかった。

「……私、生駒先生に憧れているの」

 彼女の警戒心がひしひしと伝わってくる。だから、私は少し自分のことを明かすことにした。

 この教室では、私は母のことを『生駒先生』と呼んでいる。そういう風に初めに決めたから。

「いつか生駒先生みたいになりたい。そう思っているの」
「……ふぅん」
「けど、現実は全然ダメ。追いつけない」

 ゆるゆると首を横に振って、そう言う。芽久さんは黙って聞いてくれていた。

「少し夢を追うことにも疲れてきちゃって。本当、もうやめようかなって……」

 なんだか、話していてどんどん自分の気持ちが沈んでいく。

 ……今はお仕事中なんだから、そういうのダメなのに。
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