ポジティブ☆シンパシー
 食べ終わったら満足して、結局他にどこにも行かずに最初の入口に戻ってきてしまった。

「ほんとにネップリでいいの?」

 満足したかと思いきや、太陽はまだ気にしているようだ。ネットプリントをネップリと呼ぶタイプか。

「うん、ネップリがいい」

 言い方を真似しつつ、水姫は立ち止まる。

「というか弁償自体やめよう。対等じゃない。そもそも引きちぎったのは大野くんの友達だし」

「でもあいつ絶対知らんふりするし、あいつを止められなかった俺も悪いから」

「それは違うよ。私小学校の時からそういう連帯責任とか嫌だったし」

「それは俺も嫌だったけど」

「だよね?一人の問題児のせいで皆で怒られる時、抜け出せば良かったよね」

 水姫の言葉に太陽は吹き出した。

「やっぱり青井さん面白いな」

「え?」

 まさか相手からも同じように思われていたとは。

「実は前から思ってた。アイスクマといい小説といい趣味のセンスあるし、いつも一人なのに堂々としてるし──特に日直の日誌。『先生が雑談ばかりで腹が立ったので小説を読んでいました』とか、『配膳の時に跳ねている人がいて埃が立つのでやめてほしいと思いました』とか、それ日誌に書く?って笑ったよ」

「そ、それは大野くんで言うところの愚痴垢みたいなもので……」

「日誌を愚痴垢扱いする人初めて見たよ笑」

 水姫の方こそ、クラスメイトの日誌を勝手に遡って漁る人は初めてだよと思ったが、太陽に悪気はなさそうなので言わないでおいた。むしろありそうなのは悪気というより好意というか──いや、ただの好奇心だろうけど。

「と、とにかく弁償はなしで。ただネップリの許可は貰ったから、こっちで勝手にさせてもらうね」

「なんかそれちょっとずるいような」

「えっ駄目だった……?」

「うそうそ。何枚でも刷っていいよ」

 太陽の場合何が本当で何が嘘か紛らわしいのでやめてほしい。
 とにもかくにも水姫が拝むように「最高!神!」と手を合わせると、太陽もわざと両手を広げて「どうもどうも」と神のポーズをした。今朝の気まずさからは想像もつかないほどの砕けたコミュニケーションだ。もしかするとこれは、友達と呼べる間柄になってきているかもしれない。『遂に一人ぼっち卒業か』、脳内にそんな新聞の見出しが表示される。
 これ以上ないほど満足して、水姫は入口に向かって歩き出した。

「それじゃあ」

「あ、もう帰るの?」

「うん、早くネップリもしたいし」

 入口まで来ておきながら、太陽はどこか名残惜しそうだ。といっても特に行く場所も思いつかないのだろう。

「分かった、また学校で」

 太陽は手を振った。『また学校で』その響き、良すぎる。水姫もぎこちなく「またね」と手を振り返して前を向いた。
 ──直後、「待って」と呼び止められた。最初の水道の時と同じだ。そうやって、本当に話したいことは後から勇気を出して絞り出すのだろう。水姫は太陽に向き直り、快く待った。

「え、えっとその……」

 俯いたまま、太陽はぼそりと言った。

「……そのワンピース、似合ってる」

「ん?」

 これまた唐突で、理解するのに時間がかかった。最初に戸惑いが来て、それから一気に嬉しさに襲われた。
 そうか、今朝言いかけていた「ワンピース」とはこのことだったのか。今の今まで、これをずっと言いたくていたのか。
 ──何だこれ、心臓が痛い。
 これでチャラい不良だったらここまでドキドキはしなかっただろう。不器用な太陽だからこそ破壊力があった。金髪や金のネックレス同様、雑誌やネットの情報を鵜呑みにして、所謂『女子を喜ばせる方法』を実践しただけかもしれない。心の底から似合っていると思ったわけではないかもしれない。
 それでも太陽なりの頑張りが感じられるだけで、水姫は所謂『胸キュン』状態だった。
 普段なら謙遜しただろうが、純粋な相手には純粋な言葉を返したくなった。

「ありがとう。大野くんも金髪似合ってるし、きっと黒髪も似合うと思う」

「そ、そんなことないよ」

 逆に太陽の方が照れたように謙遜していた。

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