ポジティブ☆シンパシー
3.楽しい
 ネットプリントは20枚にも上った。太陽本人に見せようとウキウキしながら翌朝、水姫が席に座っていると──信じられないことが起こった。
 太陽が黒髪で登校してきたのだ。行動が極端すぎる。水姫は「あっ」と声を上げそうになって、すぐに口をつぐんだ。一体どうしたのかと声を掛けに行きたいが、周囲の目を気にして席を立てない。友達なんじゃないのか、この少心者が、と机の下で拳を握り締める。

「おいどうしたんだよ太陽!急に黒に染めやがって!」

 結局友達もどきに先を越されてしまった。

「急に真面目ぶりやがって!失恋か?失恋だろ!苺ちゃんに振られたんだろ!」

 肩に手を回され、太陽は鬱陶しそうに払いのける。

「ちげえよ、飽きただけだよ」

 ウィッグだったとは流石に言えないようだ。でも髪の色を変えるなんてよくあるイメチェンだ。揶揄われるのは最初だけだろう。むしろ黒髪の方が、水姫の言った通り似合っていて良い感じだし、きっと女子人気もますます上がるに違いない。何なら苺ちゃんにも注目されるのでは──そう思ったのだが。

「え〜金髪の方が良かったのに!」

 女子の駄々をこねるような声を皮切りに、皆が口々に不満をもらし始めた。

「だよな、ただでさえ陰薄いのに唯一の個性が失われたっていうか」

「正直ちょっとダサくない?」

「分かる、陰キャ感ていうか、芋感っていうか」

「これで眼鏡かけたらさあ、もう完全に……」

 ダンッ、と机に何かを激しく叩きつける音が響いた。水姫もそれほどの怒りを感じていたので、一瞬自分がやったのかと錯覚しそうになった。
 太陽が、下ろしたリュックをじっと見つめている。表情は見えないが、じりじりと怒りを感じる。いや、怒りというより悲しみかもしれない。
 教室には冷えた空気が流れている。

「ちょ、何キレてんだよw」

「より陰キャ感凄いからやめろってw」

 男子は馬鹿にしたように笑い、女子は完全に引いたような表情をしている。悪いのは周囲なのに、なぜか太陽が悪いことにされている。
 異常だ。太陽は以前自分のことを異常だと言っていたが、この教室の方がずっと異常だ。

「……ごめん、ちょっとトイレ」

 話が通じないと諦めたのだろう、太陽は教室を出て行く。水姫も慌てて、今更のように席を立った。もう手遅れかもしれない、それでも絶対にこのまま一人にしてはいけないという使命感に駆られていた。

「んだよ、びっくりさせんなよw」

「トイレ行きたすぎてキレたの草w」

 幸い教室にはざわめきが戻り、水姫が後を追ったことは誰も気付かないようだった。この期に及んでまだ周囲の視線を気にしている自分が情けない。だからせめて早く太陽に寄り添ってあげなければ。
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