ポジティブ☆シンパシー
1.安心
 ハンカチを踏まれた。『アイスクマ』というキャラクターもののお気に入りのハンカチだった。
 青井水姫(あおいみずき)がそれを廊下に落とし、拾おうとした時、向こうから走ってきた男子に思いきり踏まれた。上靴の跡がしっかりついた。どうやら鬼ごっこをしているらしく、その男子が気付かず走り去った直後、もう一人鬼役の男子が走ってきた。

「おい待てよ!お前早すぎだって!」

 騒ぎながら、そいつもハンカチを踏んでいった。待ってほしいのはこちらなのだが。
 いかにもチャラそうな金髪、開けたYシャツの襟、金のネックレス。
 同じクラスの大野太陽(おおのたいよう)だ。といっても一切関わったことがないのでよく知らない。ただ騒がしい人たちとつるんでいて、毎日呑気そうだなという印象しかない。
 大好きなアイスクマがぺしゃんこに。しかも限定商品だったのに。水姫は拳を握り締め、勇気を出して呼び止めた。

「あ、あの!私のハンカチ踏んだよ!」

「え?」

 太陽がきょとんと振り返る。まず無視しなかっただけマシだ。だが問題はここから。

「あ……」

 ハンカチの存在に気付き、太陽は気まずそうな顔をする。数秒の沈黙。そこで謝ればよかったものを。

「何してんだよ太陽!足遅ぇな!」

 遠くからさっきの男子に煽られて、太陽はそっちに反応した。

「お、おい今なんつった!?」

 水姫に背を向けて走り去っていく。
 ──やっぱりこうなった。水姫は遠ざかっていく背中に向かって『転べ』と念を送った。
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