ポジティブ☆シンパシー
それから半年の月日が経った。
二人はまだ友達として続いていた。
お昼は別々に食べるし、教室でも会話はしないが、月に一回くらいは必ず準備室に集まって談笑していた。
「青井さん、誕生日おめでとう」
今日は水姫の誕生日だ。太陽はあの時破れたのと同じハンカチをプレゼントしてくれた。
「え〜再販してたんだ!?」
「見つけた瞬間即購入したよ」
人が大事にしていたものを同じくらい大事に思ってくれる、こういうところが好きだ。
「ありがとう!すごく嬉しい!今度は落とさないように気を付けるね!」
「うん、気を付けて」
喜ぶ水姫を見て、太陽も嬉しそうに笑う。
前と比べて、太陽はよく笑うようになった。つられて水姫も笑うことが増えた気がする。
そのおかげか、用事ついでにちらほら人から話しかけられるようにもなった。
こないだは隣の席の人に「青井さんってアイスクマ以外に好きなものあるの?」と聞かれたので「特にないかな」と答えると「やっぱり青井さん、なんか面白いわ」と笑われた。揶揄われているだけかもしれないが、不思議と悪い気はしなかったので、「うん、私面白いみたい」と返しておいた。その人は後日、水姫が忘れた習字セットを貸してくれた。そういう些細なきっかけから、友達は生まれていくのかもしれない。
「じゃあお返しに、はいっ」
水姫は背中に隠していた袋を差し出す。
「えっ、いいのに」
「いいから開けてみて。ずっと使ってほしかったから」
それは12色のカラーペンのセットだった。イラスト部、そして神絵師として、ますますの健勝と活躍を願って。
「おぉ〜助かる!ありがとう!……あれ、この水色って」
「そう!アイスクマの色とぴったり同じなんだよ!」
「よっしゃあ!これでアイスクマ描き放題だ!」
「是非無限に生み出してもらって!」
太陽は当然のごとく漫画を描き続けられるようになり、画力ももはや原作と相違ないレベルに達していた。水姫ぐらいじゃないと見分けられないのではと思うほどだ。
プレゼント交換が終わると、太陽はそわそわし始めた。
「そういえば昨日のアイスクマだけどさ……」
「うん……」
「……」
「……」
サビの前のブレイクのような無音の後。
「アニメ化決定やったあああ!!」
「これが愛の力だあああ!!」
二人はバンザイのポーズで、カンガルーのごとくぴょんぴょん跳ね回った。廊下を先生が通った気がしたが、今なら怒られても構わなかった。何せアイスクマがアニメ化するのだ。この喜びに勝るものなど何もない。
ひとしきりはしゃいでから、水姫は胸の前で手を組み、天に祈る。
「あ〜頼むから作画良くあってほしい〜」
「いや、少しくらい崩れてた方がアイスクマの不完全さが際立って良いかもしれない。一番は解釈が合っているかどうかだ」
太陽は腕を組み、掛けてもいない眼鏡を押し上げる仕草をする。
「特に大事なのが、声優だよ」
「うわ声ね〜!正直なくてもいいんだけどな〜!」
「青井さんは誰がいいと思う?ってアニメ知らないと分からないか」
「じゃあ系統で答えるよ。うーんとねぇ……」
なかなか思いつかない。可愛い系か、かっこいい系か、面白い系か、それとも──
「俺は青井さんみたいな声が良いと思うけどな」
突如衝撃発言。驚いて振り返ると、太陽は目をきょろきょろさせて、まるで言われた側のように動転していた。だったら言わなきゃいいのに。それでも言わずにはいられないくらい、まだ水姫に好意を抱いているのだろう。流石にもう冷めたかと思っていたのに、諦めの悪さは想像以上らしい。
「……それ、どういう意味?」
「さあ、どういう意味だろうね」
太陽はカニのように横にずれる。さては逃げる気だ。
「ちょっ、答えるまで帰さないよ!?」
「どうかな、足には自信あるから俺」
「わ、私もあるけど!?」
そうして、資料が積み上がった机を跨いで鬼ごっこが始まってしまった。廊下じゃなければ許されるだろう。
「待て〜!!」
「あはは、青井さんの動き、カニみたい笑」
「大野くんに言われたくないよ!?」
関係性も、苗字呼びすらもほとんど変わらない中で、唯一はっきりと変わったことがある。
それは、恋心。
水姫はいつの間にか太陽を、恋愛の意味でも好きになっていた。太陽と話していると足元が異様にふわふわして、心臓が常にドキドキするのだ。身体は嘘をつかない。
一度振っておきながら今更なんて少々恥ずかしいが、これだけ待たせたのなら尚更、正直に伝えなければいけない。万が一振られたら面白いけど。
とはいっても、自信満々と言ったら嘘になる。
だから、太陽を捕まえられたら告白しよう。
そう自分に誓って、水姫は足に力を入れた。室内が狭いからすぐ捕まえられると思うが、念の為動きも純らせておきたい。
「大人しく捕まった方が良いと思うよ。太陽くん」
「えっ、いっ、今名前……!?」
ここだ。水姫は確信の笑みを浮かべ、勢いよく太陽に抱きついた。
「──私、太陽くんが好きだよ!」
ハンカチはちゃんとポケットに入れておいたので、今度こそ落ちることはなかった。
〜終わり〜
二人はまだ友達として続いていた。
お昼は別々に食べるし、教室でも会話はしないが、月に一回くらいは必ず準備室に集まって談笑していた。
「青井さん、誕生日おめでとう」
今日は水姫の誕生日だ。太陽はあの時破れたのと同じハンカチをプレゼントしてくれた。
「え〜再販してたんだ!?」
「見つけた瞬間即購入したよ」
人が大事にしていたものを同じくらい大事に思ってくれる、こういうところが好きだ。
「ありがとう!すごく嬉しい!今度は落とさないように気を付けるね!」
「うん、気を付けて」
喜ぶ水姫を見て、太陽も嬉しそうに笑う。
前と比べて、太陽はよく笑うようになった。つられて水姫も笑うことが増えた気がする。
そのおかげか、用事ついでにちらほら人から話しかけられるようにもなった。
こないだは隣の席の人に「青井さんってアイスクマ以外に好きなものあるの?」と聞かれたので「特にないかな」と答えると「やっぱり青井さん、なんか面白いわ」と笑われた。揶揄われているだけかもしれないが、不思議と悪い気はしなかったので、「うん、私面白いみたい」と返しておいた。その人は後日、水姫が忘れた習字セットを貸してくれた。そういう些細なきっかけから、友達は生まれていくのかもしれない。
「じゃあお返しに、はいっ」
水姫は背中に隠していた袋を差し出す。
「えっ、いいのに」
「いいから開けてみて。ずっと使ってほしかったから」
それは12色のカラーペンのセットだった。イラスト部、そして神絵師として、ますますの健勝と活躍を願って。
「おぉ〜助かる!ありがとう!……あれ、この水色って」
「そう!アイスクマの色とぴったり同じなんだよ!」
「よっしゃあ!これでアイスクマ描き放題だ!」
「是非無限に生み出してもらって!」
太陽は当然のごとく漫画を描き続けられるようになり、画力ももはや原作と相違ないレベルに達していた。水姫ぐらいじゃないと見分けられないのではと思うほどだ。
プレゼント交換が終わると、太陽はそわそわし始めた。
「そういえば昨日のアイスクマだけどさ……」
「うん……」
「……」
「……」
サビの前のブレイクのような無音の後。
「アニメ化決定やったあああ!!」
「これが愛の力だあああ!!」
二人はバンザイのポーズで、カンガルーのごとくぴょんぴょん跳ね回った。廊下を先生が通った気がしたが、今なら怒られても構わなかった。何せアイスクマがアニメ化するのだ。この喜びに勝るものなど何もない。
ひとしきりはしゃいでから、水姫は胸の前で手を組み、天に祈る。
「あ〜頼むから作画良くあってほしい〜」
「いや、少しくらい崩れてた方がアイスクマの不完全さが際立って良いかもしれない。一番は解釈が合っているかどうかだ」
太陽は腕を組み、掛けてもいない眼鏡を押し上げる仕草をする。
「特に大事なのが、声優だよ」
「うわ声ね〜!正直なくてもいいんだけどな〜!」
「青井さんは誰がいいと思う?ってアニメ知らないと分からないか」
「じゃあ系統で答えるよ。うーんとねぇ……」
なかなか思いつかない。可愛い系か、かっこいい系か、面白い系か、それとも──
「俺は青井さんみたいな声が良いと思うけどな」
突如衝撃発言。驚いて振り返ると、太陽は目をきょろきょろさせて、まるで言われた側のように動転していた。だったら言わなきゃいいのに。それでも言わずにはいられないくらい、まだ水姫に好意を抱いているのだろう。流石にもう冷めたかと思っていたのに、諦めの悪さは想像以上らしい。
「……それ、どういう意味?」
「さあ、どういう意味だろうね」
太陽はカニのように横にずれる。さては逃げる気だ。
「ちょっ、答えるまで帰さないよ!?」
「どうかな、足には自信あるから俺」
「わ、私もあるけど!?」
そうして、資料が積み上がった机を跨いで鬼ごっこが始まってしまった。廊下じゃなければ許されるだろう。
「待て〜!!」
「あはは、青井さんの動き、カニみたい笑」
「大野くんに言われたくないよ!?」
関係性も、苗字呼びすらもほとんど変わらない中で、唯一はっきりと変わったことがある。
それは、恋心。
水姫はいつの間にか太陽を、恋愛の意味でも好きになっていた。太陽と話していると足元が異様にふわふわして、心臓が常にドキドキするのだ。身体は嘘をつかない。
一度振っておきながら今更なんて少々恥ずかしいが、これだけ待たせたのなら尚更、正直に伝えなければいけない。万が一振られたら面白いけど。
とはいっても、自信満々と言ったら嘘になる。
だから、太陽を捕まえられたら告白しよう。
そう自分に誓って、水姫は足に力を入れた。室内が狭いからすぐ捕まえられると思うが、念の為動きも純らせておきたい。
「大人しく捕まった方が良いと思うよ。太陽くん」
「えっ、いっ、今名前……!?」
ここだ。水姫は確信の笑みを浮かべ、勢いよく太陽に抱きついた。
「──私、太陽くんが好きだよ!」
ハンカチはちゃんとポケットに入れておいたので、今度こそ落ちることはなかった。
〜終わり〜