雨ふらしの公女は花の王子と恋をする
「大丈夫?」
「はい。おまかせしてばかりですみません」
「いや、それはいいんだけど……」
心配そうな様子のエーデルに大丈夫だと念押ししようとしたとき、どこからともなくアイルーが現れた。エーデルの背後に忍び寄り、二言三言交わすと、目礼して去っていく。
「ああ、わかった。すぐ行く」
アイルーが消える直前、エーデルは彼にそう言った。なにかあったのだろうかと思っていると、エーデルが耳元で「またお客さんが来てしまったみたい」と囁いた。
「わかりました」
客はアイルーが去ったほうから来るのだろうか。背筋をのばすと、エーデルに「いい」と制止された。
「今回は気分転換に僕一人で出向いてみようかな。一人にしてしまって申し訳ないが、ウララ嬢はここにいてくれないかい? アイルーに人払いを頼んで誰も来ないようにしてもらうから、ソファでくつろいでいてかまわない」
エーデルはそう言うと、マントを翻して人ごみに消えていった。
きっと夜会に慣れていないウララに配慮して、エーデルは一人で行くことにしたのだろう。その気遣いに恐縮しつつも、たしかに疲労を感じていたウララは言われたとおりソファに座った。
このあたりは段差があってほかよりも高い位置にあるので、座っていても会場が一望できる。見下ろすと、色鮮やかなドレスや黒と白の正装が入れ替わり立ち代わりせわしなく動きまわっている。立食を楽しむ人、歓談に興じる人、みなが思い思いの時間をすごしているようだ。
――こうしていると、災厄なんて本当は起きないんじゃないかって思ってしまうわ。
災厄。この国に十年に一度起こるといわれているもの。
ウララが住むフローラ王国は、建国の神である龍神を信仰していた。その龍神が十年に一度、起こすとされているのが災厄だ。水害や日照りといった種々の自然災害が国を襲い、国民が貧苦にあえぐ時期。それが二年後に迫っている。
例年どおり、中央区の代表――今回はエーデル・フローラが先頭に立って、各区から一名ずつ呪い持ちの代表が選出された。この代表者は、公には災厄を前に頻繁に起こる小規模災害を解決するために召集されると説明されているが、じつのところ、災厄の前日に龍神に捧げられる生贄の候補者であった。
生贄は一名。どういう理由で、誰が選ばれるのかは知らされていない。
つまり、たとえ王子でも呪い持ちであればエーデルが生贄に選ばれる可能性もあるのだ。もしそうなった場合、ウララが身代わりになるのだろう。そのための婚約話だとウララは理解している。
ちなみに東区には何人か呪い持ちがいたが、父親の指名で代表はウララになる予定だった。エーデルとの婚約話を伝えてきた父親が妙に苛立っていたのは、生贄にでもなればちょうど厄介払いができると思っていたところで邪魔が入ったからだろう。
屋敷から去るという点では婚約でも代表者でもそう変わらないが、狭量なあの男のことだ、ウララが王族になって自分より階級が上になるのが許せないのだ。出発前、いつも以上に虫の居所がわるい様子だったのはきっとそういう理由。
そういえば、夜会に父親も来ているのだろうか。仮にも東区の長なのだから、いてもおかしくないはずだ。
父親にはもちろん会いたくないものの、エーデルがまだ帰ってくる気配もないから、少しあたりを散策をしようと立ち上がった。
段差を下りて、きょろきょろと周りを見まわす。夜会という場所になにがあるのか知らないウララにとって、目に映るのもすべてが興味の対象だった。
そこかしこの丸テーブルに食事やデザートが置かれている。どれもおいしそうだったが、ウララの大好物の甘いもの――チョコレートケーキとフルーツケーキが目に入った。