雨ふらしの公女は花の王子と恋をする
「あ、お嬢さま、見えてきましたよ」
シスの声にふたたび窓に目を向けると、色とりどりの花々が咲き乱れる景色が目に入った。いつの間にか中央区に入っていたようで、整備された白い石畳の舗道の脇に赤、青、黄色と鮮やかな花が花壇に植わっている。
遠くのほうに見える大きなフラワーアーチが、王城の入口なのだろう。おとぎ話に出てくるような佇まいに、わずかに気落ちしていたウララの心も弾む。
「まあ……」
「人口と建物の多い東区にいるとあまり実感することはなかったですが、さすが農業大国ですね」
シスは頬を紅潮させ、あちこちを眺めていた。
「それにしても、エーデル王子はいったいなにを考えていらっしゃるんでしょうね。面識もないうえに、対外的に見栄えもよくないウララお嬢さまを嫁に望むだなんて」
緊張感から解放されたシスの平常どおりの正直な物言いに、ウララは思わず笑う。
「わからないわ。でもせっかく望んでいただいたのだもの、なにか私にできることがあればがんばりたいわ」
「お嬢さまなら大丈夫ですよ!」
ペースを落としていた馬車はいよいよ止まり、扉が開いた。
シスに促されて外に出ようとすると、城門前にはすでにエーデルの姿があった。
――まずい。
王子自ら出迎えてくれるのは想定外だった。
シスの手を取ろうとしていた右手が宙で止まる。
「お嬢さま?」
不審がったシスはウララの視線の先を追って後ろを振り返る。ウララのほうをふたたび見た彼女の顔は、とんでもなく青ざめていた。
ウララは外に出ようとしていた足を引っ込め、シスに伝言を頼む。
慌ててエーデルのもとへ走り、恐縮しながら一言二言言葉をかわすシスを申し訳なく思いつつも、馬車のなかから見守る。
「私が外に出たら、雨がふってしまうもの。殿下の美しいお召しものを汚してしまってはいけないわ。それに、万が一、風邪なんて引かれてしまったら……」
馬車のなかでひとりごつ。
遠目に見たエーデルは、たしかに噂どおりの美形のように見えた。癖のないさらりとした金髪に、宝石のような青い瞳。
もう少し近くで見たかったし、直接挨拶をしたかったが、ここで外に出て迷惑をかけるわけにはいかない。
そう、たとえ「身代わり」にするために呼び寄せられたのだとしても、ウララはエーデルと可能なかぎり良好な関係を築きたいと考えていた。実家の屋敷にほぼ幽閉されていたときは、交友関係なんてまるでなかったのだ。そのときが訪れるまで、エーデルやほかの人に迷惑をかけない範囲で、これまでできなかったことをやってみたいと考えたっていいだろう。
ウララがため息をついたそのとき。