雨ふらしの公女は花の王子と恋をする
「はじめまして」
おもむろに馬車の扉が開き、金髪がひょっこりと覗いた。
とつぜんの出来事にウララは言葉を失い、瞬きを二、三。すぐにはっとして、姿勢を整え、よそゆきの笑顔をつくろった。
「お初にお目にかかります。ウララ・エングーと申します。馬車のなかからのご無礼をおゆるしください」
「はじめまして、エーデル・フローラだ。急な連絡にもかかわらず、応じてくれてありがとう。会えてうれしいよ」
目の前の王子は、大輪の花のようなほほえみを湛えてそう言った。
――たしかに麗しいわ。ってそうじゃなくて……
シスの伝言が伝わらなかったのだろうか。
馬車のなかで焦るウララを気にもせず、エーデルは手を差し出した。
「あの……私が外に出ると、その……」
「雨がふるんだよね」
エーデルは小首をかしげた。
なんの気なしに言い放たれた言葉に、ウララはキュッと息が詰まる。
「もちろん知っているよ。でも、それがどうかしたのだろうか」
ウララを身代わりにしようと考えついたくらいだから、呪いのことも知っていて当然なのだが、初対面の人間に呪いのことを言われると心臓を掴まれたような心地になる。
しかし、目の前のエーデルの表情は穏やかで、悪意や蔑みは感じられなかった。ウララは早鐘を打つ心臓を悟られないように微笑む。
「殿下や外で待ってくださっている護衛のみなさまのご迷惑になるのではと思いまして」
「きみがいま、この場で外に出るのがいやなら無理強いはしない。でも、僕らに遠慮しているだけなら心配はいらないよ」
大丈夫。エーデルはそう言って笑った。
ウララに宿る雨ふらしの呪いは強力だ。十六年間の人生で外に出て雨が降らなかった日はなく、例外がないことは自分自身が一番知っている。だから、今日初めて会ったエーデルの言葉を信じられるわけがないのだが、晴れた日の空のようにカラリとした口調で言われると、本当に雨は降らないのかもしれないと勘違いしそうになる。
いずれにせよ王子の命令を無視するわけにはいかない。ウララは仕方がなく、彼の手を取った。
手を引かれてウララが石畳の地面に足をつけた瞬間、当然のようにぽつりと雨粒が二人の頬を濡らした。
――私ったら赤の他人の言葉になにを期待していたの。
雨雲が空を覆い、あたりは薄暗くなる。本降りまではそう時間がかからないだろう。うしろに控えていた使用人たちがせわしなく動き出した。
ウララはエーデルが濡れてしまうことを危惧しながらも、家族に長年されてきたように罵倒されるのではないだろうかと思うと、足がすくんで動けなかった。
そのとき。エーデルが肩にかけていたコートを脱ぎ、ウララと自分の頭上にばさりとかざした。
すぐに空が暗くなり、ざあざあと雨がふりはじめる。