雨ふらしの公女は花の王子と恋をする

番外編 ぬすみ聞きをしていました


 アイデル村から帰って少し経ったある日。
 ウララとエーデルは、庭園の温室でお茶をしていた。室内から庭園までの道には屋根が続いているから、外に出ると雨をふらせてしまう呪いを持つウララも気兼ねなく立ち寄ることができる。
 エーデルは今日はめずらしく外出の仕事がないらしく、朝からずっと王宮にいた。午前中は執務室にこもって書類仕事をしていたらしいが、午後はゆっくり休むらしく、こうしてウララが呼ばれたのだ。

 正面に座るエーデルは、仕事の疲れを感じさせないほど優雅にお茶をたしなんでいた。 午前中はアイルーも部屋にいれずに仕事に集中していたらしく、目が合うと「久しぶりに誰かとしゃべる気分だ」とはにかむ。
 温室に咲く花の種類、王宮に住む人々のこと、いま食べているケーキのことなど、会話は止まらない。人付き合いをしてこなかったウララはおしゃべりに苦手意識を持っていたが、人のいいエーデルがうまく会話をつなげてくれる。
 シスが用意してくれたハーブティーを口元に運び、テーブルに並んだケーキを眺めていると、ふと思い出すことがあった。

 ――そういえば、殿下たちの会話をぬすみ聞きしていたことをすっかり忘れていたわ……

 婚約が身代わりではなかったことがわかったいま、なおさらエーデルには誠実でいたいと思うウララであった。であれば、あの日のことは謝らないといけない。
 ウララは振り返ってシスを見る。

「シス、さっきあなたが席をはずしているときに庭師のみなさんがお花を持ってきてくださったの。部屋に置いていただくよう頼んだんだけど、萎れてしまってはもったいないから、生けてきてくれないかしら」
「はい、かしこまりました」

 庭園を去るシスの背中を確認して、ウララはエーデルを見る。

「花、ジャンが持ってきてくれたの?」
「ええ、そうです。『奥様に似合うんじゃないか』ってみなさんが……」
「奥様」
「すみません。なぜかみなさん、私のことをそう呼ぶんです」

 エーデルが目を丸くして笑った。

「みんな気が早いよ。まあでも……うれしいね」

 そうなのだ。庭師たちは、見習いから庭師長のジャンまでウララのことを「奥様」と呼んでいた。彼らはみな温厚で人懐っこい性格のようで、花のことや王宮のことでわからないことを聞くと、親切に教えてくれる。そういうわけで、ウララもだんだんと気さくに話しかけられるようになったのだが……

 ――でも、奥様は勘弁してほしいわ。

 みな、勘違いをしている。そもそも、先日のパーティーでは婚約者として紹介されてはいるものの、書類上の手続きはまだしていないから婚約者でもなんでもないのだ。そう何度説明しても、彼らは「じゃあ王太子妃ですか?」なんて笑うものだから、まったく取り合ってくれない。

「どうかした?」

 エーデルにそう問われ、ウララはシスに席をはずしてもらった理由を思い出す。カップをソーサーに置き、ウララは姿勢を正す。

「……あの、殿下に謝らなければならないことがあるんです」

 いつになく真剣な様子のウララに、エーデルは身構える。

「なんだい急に」
「あの、王宮に来た翌日に、わたし、殿下とアイルーさんの会話をぬすみ聞きしてしまったんです」
「ぬすみ聞き?」
「はい。ごめんなさい、もうしません」

 口を真一文字に結んで謝ると、エーデルが噴き出した。

「なんだ、怖い顔してるから何を言われるんだろうってびっくりしちゃった。そんなことなら構わないよ」

 エーデルは優雅に笑った。

「ちなみに僕らはどんな話をしていた?」
「わたしのことを気にかけてくださっていました。王宮での暮らしに不便はないか、気になることはないか。それと……」

 言うか迷ったが、ウララの部屋の内装を、年齢の近い使用人や王妃に聞いて設えてくれていたことを聞いてしまったと正直に話した。

「その……わたしのためにいろいろ考えてくださって、本当にありがとうございます。なのに、ぬすみ聞きなんて失礼なことをしてしまってすみません」

 そう言って、勢いよく頭を下げるも、エーデルからは返事がなかった。
 不安に思ってちらりと顔を上げると、赤面した顔と目が合う。

「……秘密にしておくつもりだったんだ。なんというか……その……アイルーが言うところのスマートな男性のほうが好まれるのだろう?」
「え、ああ、まあ、そうですわね」

 男性の好みなんて考えたこともなかったウララは、あいまいに笑う。

「というか、聞きたいことがあるならなんでも聞いてよ。きみに隠しごとなんてするつもりないんだから」
「あ、いえ。なにもかもつまびらかにしていただきたいわけではないんです」
「あのね……あれ以上に聞かれて恥ずかしいことなんてないよ」
「ほんとうにすみません……」

 気まずい雰囲気が流れる温室。
 やっぱりいけないことをしてしまったと一人反省していると、エーデルのうしろに控えていたアイルーがふとこっちを見た。
 
 ――なにかしら。

 鋭い視線に身構えていると、アイルーはこう言った。

「殿下はピーマンが食べられません」
「ピーマン……」
「おい! 言うなって!」

 ウララが戸惑うのと、エーデルが叫ぶのが同時だった。立ち上がるエーデルを無視して、アイルーは続ける。

「ピーマンは抜くようにと料理長に命じられています」
「お嫌いなんですね、ピーマン」
「あ、うん……ウララ嬢は好き?」
「ええ、なんでも食べますわ」
「じゃ、じゃあ僕もがんばろうかな……」

 完璧な王子様だと思っていた人は案外人間らしいのかもしれない。
 ウララが笑い声をあげると、アイルーに詰め寄っていたエーデルがこちらを見て、微笑んだ。

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