雨ふらしの公女は花の王子と恋をする
「夜、ですか?」
「ああ。あれ、聞いていない?」
エーデルは目をまるくしてウララを見た。視線が合うと、先ほど腰を抱かれたことを思い出して、わずかに頬が上気する。
「なんのことでしょうか」
「あとからエングー公爵家に手紙を出したのだけれど、すれ違ってしまったかな。なにせ急なことだったからね。じつは……」
そのとき、応接間に入ってきた使用人が「ご歓談のところ失礼いたします」と割って入った。
エーデルは言葉を止めて彼を見る。
「ククルスさまがご到着です」
エーデルは「げ」と顔をしかめて盛大にため息をついた。
その様子を見た使用人は、恐縮しながらも言葉を続ける。
「その……ククルスさまは入り口で殿下をお待ちです。雨がふっているので中に入るようにわれわれも申したのですが、いつものような感じでして……」
「あいつはなんでいつもタイミングがわるいんだ」
使用人の髪や服には雨粒がついていて、ウララの影響でまだ雨がふっていることを物語っていた。濡れてしまったことを申し訳なく思う気持ちと、雨粒を拭く時間すらなかった様子を心配に思う気持ちでウララの心は曇る。
エーデルは「いま行く」と言うと、席を立った。
「ウララ嬢、ごめん。夜にまた」
「はい」
エーデルがまた申し訳なさそうに笑うので、ウララは精一杯微笑んだ。
いくら王子とはいえども、自分から婚約者を呼んでおいて、挨拶もそこそこに退席するのはそれなりに失礼な行為だ。しかし、他人にないがしろにされることに慣れているウララからすると、特段気にするようなことではなかった。むしろ、なぜそれほどまでに申し訳なさそうにするのかがピンとこないのであった。
エーデルは護衛の男から書類を受け取ると、ぱらぱらとめくって目をとおしながら口を開いた。
「アイルー。ウララ嬢をご案内して、このあとのことを説明しておいてくれるか」
「かしこまりました。しかしご自分でご説明なさらなくていいのですか。あのドレスのこととか」
アイルーと呼ばれた護衛の男の質問に、エーデルは書類をめくる手を止めて顔を上げる。
「そ、それは……」
――あのドレスのこと、ってなにかしら。