ブライアンのお気に入り~理想を抱いてアメリカにホームステイしたら学園のキングに目を付けられた件~

家にまで突されるカザネ

 10月下旬のある夜。カザネは自室で学校の課題を済ませると、そのままパソコンでアニメ用の絵を描いていた。そこにコンコンとノックの音。

(ジムかおばさんかな?)

 2人は普段から、よくカザネを遊びやお茶に誘ってくれていた。だからなんの疑いもなくカザネがドアを開けると、

「やぁ、お嬢ちゃん。いい夜だね」

 マクガン家の廊下に、なぜかブライアンが立っていた。学校ならともかくなぜマクガン家に?

「ええっ!? どうしてブライアンがうちに居るの!? 私、悪夢を見ている!?」

 あり得ない光景に動揺するカザネに、ブライアンはニヤニヤして

「ホラー映画の殺人鬼に会ったかのようなリアクションだな。映画と言えば今からジムの部屋で上映会をするんだ。人数が多いほうが盛り上がるから、お嬢ちゃんも来なよ」

 ブライアンの後ろにジムの姿を見つけたカザネは、

「えっ? ブライアンとジムって、夜中に一緒に映画を見るほど仲が良かったの?」

 けれどカザネの質問に、ジムは困惑した様子で

「いや、彼が家に来たのは数年ぶりだよ。なぜかさっきいきなり訪ねて来て映画を見ようって。いったいどういう風の吹き回しなのか、僕にも分からないんだ」
「別になんの魂胆も無いよ? たまには近所のお子様たちと心温まる交流をしたいと思っただけさ」

 相変わらずの子ども扱いだが、カザネはブライアンになんだかんだ助けられているので、今はそんなに嫌いじゃない。せっかく遊びに来てくれたんだし、皆で映画を見るくらいいいだろうとOKした。


 3人でジムの部屋に入る。日本と違ってアメリカは子ども部屋も広々サイズだ。それなのにブライアンは、わざわざカザネの横に座ると、

「それにしてもお嬢ちゃん、高校生とは思えない可愛いパジャマだね。それも何かのキャラクター?」

 ブライアンの指摘どおり、カザネは小さな動物たちがたくさんプリントされたキャラクターもののシャツパジャマを着ていた。カザネは可愛くて気に入っているが、同年代の子と比べたら幼い趣味なのが自分でも分かっているので、

「うるさいなぁ。悪かったね。高校生なのに子どもっぽいパジャマで」

 気持ちブライアンからパジャマを隠すように、体を縮こまらせたものの、

「褒めているのに怒るなよ。せっかく可愛いって言っているのに」
「えっ、本当に可愛い? ブライアンもこのキャラ好き?」

 明らかに目の色を変えたカザネに、ブライアンは優しく話を合わせて、

「自分が欲しいわけじゃないけど、見ている分には和むよ。キャラの見た目といい色合いといい、脱力系って言うか癒し系だね」
「うん、そう可愛いの。アメリカのポップでお洒落なデザインも好きなんだけど、日本のキャラはほんわか可愛い癒し系で、リラックスタイムにピッタリなんだ」

 オタクの悪いクセと言うか、自分の好きなものを褒められると、ついおしゃべりになってしまう。さっきまでの警戒も忘れて、笑顔でパジャマを見せていると、

「って、なんで撫でるの?」

 いきなり頭を撫でられて困惑するカザネに、ブライアンはニコニコと、

「お気に入りのパジャマアピール可愛いなって」
「やっぱり馬鹿にしているよね!?」
「2人とも映画はじまるよ」

 苦笑するジムの呼びかけで、おしゃべりをやめて映画を見始めたが、

「……えっ? これなんか怖い系の映画じゃない?」

 開始早々漂う不穏な空気にカザネは戸惑った。そんなカザネにブライアンはケロッと、

「そうだよ。いまネットでトラウマ必至って話題の本格ホラー」
「なんでそんなもの見せるのぉ!? ホラーなら私やめとくぅ!」

 叫ぶと同時に立ち上がったが、ブライアンはガシッとカザネを捕まえて、

「ホラー映画の何が面白いって、恐怖を感じてこそだと思うんだ。でも俺はホラー映画耐性ありすぎてイマイチ怖がれないから、お前が代わりに怖がってくれよ」
「そんな見方ある!?」

 ソファーに座るブライアンの膝の上に抱え込まれたカザネは、

「ああっ、やだ! 放して! 放してよぅ!」
「いやー、さっそく耳に心地いい悲鳴だなー」
「うちの親もう寝ているから、2人とも静かにね?」

 ジムに注意されたカザネは、騒いだらおばさんたちに悪いと、もはや声も出せなくなった。目を閉じて映像だけは遮断したが、流石は話題作だけあって音声だけでも十分な怖さがある。

 映画のクライマックス付近には、カザネのメンタルはボロボロで、

「ぶ、ブライアンの馬鹿。怖い。怖いよぅ」

 この状況を作り出した元凶であるブライアンに、真正面から縋りついてえぐえぐしていた。ブライアンはそんなカザネをニヤニヤ見下ろして、

「馬鹿とか言いながら俺に縋りついて来んのウケる」
「だって君が放してくれないから君しか縋りつくものがない……」
「いいよ? 俺に縋っていて。お嬢ちゃん柔らかいから、クッション代わりにちょうどいい」

 そう言いながらブライアンは、カザネの背中に腕を回してグッと引き寄せると、よしよしと頭を撫でた。悔しいけど、自分よりも大きく逞しい体に抱きしめられると、何があっても大丈夫な気がする。その安心感から離れがたくて、されるがままになるカザネをよそに、

「この監督、前作からただ者じゃないと思っていたけど、期待値を大きく上回って来たね。前作が評判だっただけにプレッシャーも大きかったはずだけど、こんなキワドイ球を大胆に投げ込んで来るとは……流石はホラー映画界・期待の新星だね……!」

 ごくりと息を飲みながら熱く語るジムに、

「えっ? ジムってもしかしてホラー好き?」

 カザネの質問に、ジムではなくブライアンが、

「コイツは俺よりもグロとかホラーとか好きだよ。マイチューブでおススメのゲームとか映画を紹介しているくらいだもんな?」
「えっ!? なんで僕のマイチューブを知っているの!?」

 知人には内緒の活動だったようで、ジムはビクッとしていたが、

「普通に面白い映画を探していたら、お前のマイチューブにヒットしただけ。腐っても幼馴染だから、声を聞きゃお前だって分かるだけ。特にホラーと胸糞系が熱いよな?」

 ブライアンからの情報にカザネは目を丸くして、

「意外な趣味だね、ジム。じゃあ、今日は2人にとっては普通に楽しい上映会だったんだね。水差しちゃってゴメ……ああでも怖いよぉ!」

 再びギュッとブライアンの首に抱きつくと、彼は落ち着かせるようにカザネの髪を撫でながら、

「俺はお嬢ちゃんも居たほうが楽しいからいいよ。怖くないように抱っこしててあげるから存分に鳴いて?」

 手つきは優しいが、言っていることは優しくない。いっそ雑談を続けて音声を掻き消したかったが、ブライアンはともかく心から映画を楽しんでいる様子のジムの邪魔はカザネにはできなかった。

 残りあと何分だよぉ……と脳内でぼやくカザネは、けっきょく敵でしかないブライアンが、この後にもう1本、名作Jホラーを見せようとしていることを知らない。
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