ブライアンのお気に入り~理想を抱いてアメリカにホームステイしたら学園のキングに目を付けられた件~

唐突に奪われる新年のキス

 それから皆は、それぞれお風呂を済ませて、ジムの部屋に集まった。夜の9時から11時半までは皆で楽しくゲーム。11時半からはカウントダウン番組に切り替えて、後は新年を待つだけ。キスに備えてハンナはジムの近くに座っている。3・2・1のカウントとともに

『ハッピーニューイヤー!』

 年明けの瞬間。画面の向こうでは、本当にたくさんの人が、タイムズスクエアで隣人にキスしていた。

 しかし肝心のこちらは

(ハンナのヤツ、日和ったな……)

 ブライアンが小声で言ったとおり、勇気を出し損ねたらしいハンナは、ジムと普通に新年の挨拶を述べあっている。

(ど、どうしよう。完全にタイミングを逃しちゃったよね?)

 せっかくのチャンスだったのに見送るしかないのかなと、カザネがブライアンに目配せした瞬間。

「ちょっ、ブライアン!? 何してんの!?」

 カザネたちの様子が目に入ったジムは仰天した。彼が何に叫んだかと言うと

「何って新年のキスだろ? お前たちもしたら?」

 ブライアンがカザネを引き寄せてキスしたからだった。それも今回は正真正銘、頬や額ではなく唇に。唐突にファーストキスを奪われて、カザネは呆然自失だったが、

「いやいや! パリピじゃあるまいし、新年だからって恋人でもないのにキスするなんておかしいよ!」

 ジムの発言に、カザネはハッと我に返った。恋人でもないのにキスするのはおかしいと認めたら、ハンナがキスしづらくなってしまう!

 カザネはブライアンの腕に抱かれたまま、なんとか息を吹き返すと、

「そ、そんなことない! 新年のキスはするべきだよ! お祝いごとだから!」

 ハンナに捨て身のパスを放った。しかしそのパスは、ハンナではなくブライアンに拾われて

「ほら、お嬢ちゃんもこう言っている。ついでだから、もう1回しておくか。お祝いごとだもんな?」
「えっ!? いや、2回は多いと思うって、むぅ……」

 問答無用で唇を塞がれてしまい、

「ちょっ、ブライアン。待って。本当に……」

 カザネはそのまま押し倒されて、洋画に出て来るような濃厚なキスをされた。


 アメリカ育ちのジムとハンナにとって、人のキスシーンを見ることはさほど珍しくない。しかし自分の友人が、これほどの至近距離で熱烈にキスするのを見るのははじめてだ。

 最初は抵抗していたカザネも、ブライアンにキスされるうちにクタッとなってしまい、今はとろんとした顔で彼の口づけを受けている。

(ブライアン、すごい……! なんてテクニックなんだ……!)

 処女をも蕩かす幼馴染の妙技にジムは瞠目した。一方ハンナも

(カザネが私のせいで大変なことに……!)

 現在進行形でブライアンに襲われているカザネを見て動揺したが、

『そ、そんなことない! 新年のキスはするべきだよ! お祝いごとだから!』

 カザネが捨て身で出したパスに気付き、

(ここで私が逃げたら、カザネの犠牲が無駄になる!)

 友の献身に報いるために、勇気を振り絞ると、

「あ、あの! ジム!」
「な、何!?」
「わ、私も新年のキスをしてみたい!」
「うぇぇっ!?」

 ハンナの申し出に、ジムは真っ赤になって驚いたが、

「女に恥を掻かせんなよ。言うほうだって勇気がいるんだから応えるのが礼儀だぜ」

 ブライアン兄貴の助言で、戸惑っている場合じゃないと気を持ち直して

「ほ、本当にいいの、ハンナ? 僕なんかが相手で。せっかく綺麗になったのに」
「ジムがいいの。子どもの頃から、ずっと好きだったから」

 内気なハンナは小学生の頃、友だちも居なくて孤独だった。同級生にブライアンが居たため、あからさまなイジメはなかったが、いつも皆の後ろに居て、置き去りにされることもしばしば。転んでも物を落としても、まるでそこに居ないかのように、誰もがハンナの横を通り過ぎた。でもジムだけが、

『ハンナ、大丈夫?』

 ハンナが困っているのに気付くと、引き返してまで手を差し伸べてくれた。一時の気まぐれではなく出会ってから現在までずっと。ハンナはそんなジムの優しさが好きで

「オシャレも、あなたのためにしたの」

 自分のために綺麗になってくれたのだと知ったジムは

「は、ハンナ」

 胸を打たれたように彼女の名を口にすると、

「あの、ありがとう。僕のために、がんばってくれて。僕、都合がいいかもしれないけど、クリスマスからずっと君が気になっていて……」

 単に見た目が変わったからではなく、ハンナがずっと自分に特別な想いを向けてくれていたことに気付いたジムは

「僕も君がすごく好きだ」

 ハッキリと好意を告げると、

「だから君にキスしていい?」

 ジムの問いに、ハンナは涙目でコクコクと頷いた。ジムは彼女の肩に手を置くと、少し緊張しながら優しくキスをした。


 作戦は功を奏してハンナとジムは無事に結ばれたらしい。「らしい」と言うのは、肝心のキスシーンをカザネは覚えていないせいだった。ブライアンにものすごいキスをされたせいで、ジムたちと別れて部屋に戻るまでの記憶が丸ごと飛んでいた。

 でも気づいた時には自分の部屋に居て

「ああ、どうしよう! ジムと両想いになれたなんて夢みたい! ありがとう、カザネ! あなたが応援してくれたおかげよ!」

 ピョンピョンと飛び跳ねんばかりにハンナが狂喜していた。結ばれる瞬間を見られなかったのは残念だが、2人がうまくいって良かったとカザネは喜んだ。それもこれもブライアンのアドリブのおかげだが、友だちのためだからって、よくあんなすごいキスができるな。ブライアンは経験豊富みたいだから、思い付きでできちゃうのかなとカザネは考えた。

 ブライアンにキスされても、カザネはなぜか嫌じゃなかった。彼にはなんだかんだお世話になっているし、うっとりするほどの美形だからかもしれない。

 でもブライアンにとっては咄嗟のアドリブなんだろうと思うと。きっと自分が感じたほどの動揺は無いんだろうと思うと、カザネは少し悲しくなった。


 カザネはブライアンにキスされたショックとモヤモヤで、昨夜はあまり眠れなかった。それでも朝はハンナと一緒に起きて、支度を整えてダイニングに向かった。

 ダイニングには、すでにマクガン夫妻とジムが居た。ジムはハンナと顔を合わせると、

「お、おはよう」

 ちょっと恥ずかしそうに微笑みかけた。ハンナもジムと同じくらい照れ臭そうに、「お、おはよう。昨日はありがとう」と返した。ブライアンの件で心が乱れていたが、カップルの初々しいやり取りを見たカザネは少し元気になった。

「みんな揃ったし、朝食にしましょうか」
「みんなって……ブライアンはどうしたんですか?」

 まだブライアンが来ていないのにとカザネが尋ねると、おばさんの代わりにジムが、

「彼なら夜のうちに自分の家に帰っちゃったんだ」
「えっ? 彼も泊まる予定だったのに、どうして?」

 ハンナの質問に、ジムは両親を気にしながら

「えーっと……」

 言葉を濁しつつ、ハンナとカザネにだけ聞こえるように

「僕とハンナを無事にくっつけたから、ミッションコンプリートだって。こんな遅くにって止めたんだけど、自分のベッドのほうがいいって帰っちゃったんだ」
「そうなんだ……」

 深夜ではあるが、ブライアンの場合、自宅はすぐ隣だ。それだけ近ければ、自分の寝床のほうがいいのかもしれないとカザネは納得した。
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