ブライアンのお気に入り~理想を抱いてアメリカにホームステイしたら学園のキングに目を付けられた件~

拒絶の理由

 ブライアンが逃げるようにマクガン家を後にしたのは、自分のベッドで寝るためではなかった。カザネの予想とは違い、実はブライアンも自ら仕掛けたキスに動揺していた。人前では平静を装っていたが、一度キスしたら最後、カザネへの欲求が止まらなくなったことに、自分でも戸惑っていた。

 カザネと出会ってから少しずつ育まれて来た温かい感情に、あのキスで一気に火がついて、彼女に恋をしていると自覚した。でも恋に気付いただけで、まだ落ちてはいない。だからこれ以上落ちる前に、カザネから離れたかった。

 恋なんて一時の気まぐれだ。しばらく原因から離れれば、きっと気持ちは薄れる。恋の多くが別離によって終わって行くように。

 そんな考えからブライアンは、夜のうちにマクガン家を離れて自宅に戻った。ベッドに入って寝ようとしたが、カザネの表情の変化や唇の感触を何度も思い出した。

 カザネが欲しくて堪らない。だけど、終わるのが分かっている恋なんてしたくない。カザネを求める気持ちと喪失への恐れで、その日はなかなか眠れなかった。


 翌朝。ブライアンは、年末年始は流石に自宅に居る父親と、何食わぬ顔で朝食を取った。内面がどれだけボロボロでも、ブライアンはそれを表に出さず、いつも自分の中だけで消化する。

 カザネへの気持ちも誰にも打ち明けないまま、密かに消化するつもりだった。しかし父との朝食を終えて、部屋に戻ろうとした時。通いの家政婦に来客だと呼ばれた。こんな朝早くから誰がと訝しみながら玄関に行くと、

「お、おはよう。ブライアン。ゴメンね、こんな朝早くに」

 見たいけど、見たくない顔がそこにあった。ブライアンはカザネの訪問に動揺したが、

「いいけど、急にどうしたんだ?」

 なんでもない顔で尋ねると、カザネは少し自信なさげに

「大した用事じゃないんだけど……」

 と用件を切り出した。アメリカでは日本と違い、元旦には特に何もしない。それを聞いたカザネは、流石におせちやお雑煮は用意できないけど、せっかくだから皆でお正月らしいことをしたいと考えた。

 本当なら初詣に行きたいところだが、それは無理なので、せめて気分だけでもと人数分のおみくじを作った。他の皆にはすでに引いてもらって

「残り2枚しか無いんだけど、みんな別々の結果が書いてあるから、ブライアンが先に引いていいよ」

 折りたたまれた紙を2つ、ブライアンに差し出した。皆が幸せな1年を送れるようにと願いを込めて作ったので、ブライアンにも引いてもらいたかった。

 カザネの素朴な厚意に、ブライアンはふっと微笑んで

「新年早々、手作りのおみくじを引かせに来てくれたの? 相変わらず微笑ましいね」

 からかわれていると誤解したカザネはちょっとムッとして

「私の手作りではあるけど、大事な縁起ものなんだよ。馬鹿にしないで」
「はいはい、悪かったよ。ありがたく引かせてもらうよ」

 カザネの作ったおみくじには吉凶の代わりに、大願成就。学業成就。恋愛成就。商売繁盛。家内安全。才能開花。金運上昇など、1年で最も恵まれるご利益が書かれている。ブライアンが引いたのは

「これ……」
「あっ、ブライアンがそれを引いたんだ? 本当はハンナに作ったんだけど、ハンナは昨日、恋愛成就したもんね」

 カザネはそう言いながら、自分の分のおみくじを開くと、

「わっ、見て! 私は大願成就! 作者なのに、いちばんいいのを引いちゃった!」
「いいね。願いが叶うなんて。こっちはご利益が無さそうだ」

 せっかく作ってくれたのに悪いが、恋愛を諦めようとしている自分が、こんなおみくじを引くなんて皮肉だとブライアンは思った。そんな彼の様子をカザネは心配して

「そんなことないよ。ブライアンだってお年頃だし、きっといい出会いが……」

 励まそうとしたが、なぜか言葉が出なかった。ハンナとジムは祝福できたのに、ブライアンが誰かと結ばれるのは嫌だと感じてしまう。

 けれどブライアンは、その先の台詞を勝手に読み取って

「気になる相手ならもう居るよ。でも遠からず居なくなる人間を、これ以上好きになる意味が無い」
「ブライアン、好きな人が居るの?」
「まるで他人事だね。自分のことだとは少しも思わない?」

 ブライアンには珍しく棘のある物言いに

「えっ? だってブライアンはいつも私のことを、お子様だとか男みたいだとか馬鹿にするし……」

 カザネは戸惑いつつも

「私が好きって意味じゃないよね?」
「俺に好かれたら迷惑?」
「そ、そういうわけじゃないけど……恋をしに来たわけじゃないから分からない」

 ブライアンは好きだし、最近はドキドキもする。しかしカザネがアメリカに来たのは、将来この地でアニメーターになる夢を叶えるためだ。恋愛に気を取られた分、本業が疎かになるんじゃないかと、無邪気には喜べなかった。

「俺も分からないや。恋愛なんてするつもりが無かったのに、気付いたらお前に惹かれていた」

 誰にも話さないつもりだった本心を、ブライアンは気づいたら吐露していた。けれどそれは関係を進展させるためではなく、

「でも諦める」
「あ、諦めるって、どうして?」
「さっきも言っただろ? どうせ居なくなる人間を好きになったって、後で辛くなるだけだ」

 ブライアンはカザネから一歩距離を取ると、

「だからもう、お前に構うのはやめる。こっちから距離を詰めたくせに悪いけど、そっちもそのつもりで居てくれ」

 言い終わると同時に、返事も聞かずにドアを閉めた。
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