ブライアンのお気に入り~理想を抱いてアメリカにホームステイしたら学園のキングに目を付けられた件~
長いエピローグ

いい時も悪い時も

 あれからカザネとブライアンは、それぞれの夢を叶えるために進学した。

 カザネは学校で本格的にアニメーションを学びながら、マイチューブへの投稿も続けた。またあれ以来、コンテストにも積極的に参加するようになった。

 その意欲的な活動とドリームピクチャーのアニメ制作における理念への深い共鳴が認められて、カザネは無事にアニメーターとして採用された。

 ブライアンもバイトと学業を両立して、弁護士になる夢を叶えた。

 人を惹きつける華やかなルックスと、手のうちを読ませないポーカーフェイス。相手の感情を自在に喚起し、こちらに有利な発言を引き出す巧みな話術に、油断のない性格から来る用意周到さ。

 高校の頃にカザネが「口が達者だから向いているかも」と思った以上に、ブライアンには弁護士としての才能があった。

 しかしブライアンは弁護士としての才能を、自分が稼ぎ成功することではなく、立場や金銭的な不利のせいで、苦しめられている人たちを助けるために使った。

 ブライアンの父は自分の富と成功のために、大企業や権力者の味方をして、力の無い人たちから奪った。正義感の強いブライアンは、そんな父の姿をずっと苦々しく思っていた。だからこそカザネの影響で父の支配から脱した後、父とは違う弁護士になりたいと望んだ。


 周囲からの否定や圧力を乗り越えて、それぞれの夢を叶えたカザネとブライアンだったが、学生時代から同棲している割に結婚は遅かった。それはブライアンがロースクールを卒業してすぐ、父親から課せられた借金を返すためだった。

 高校の時、父はブライアンを家から追い出した。けれど、それは絶縁ではなく一旦突き放すことで、ブライアンの改心を待っていた。

 ところが夢見がちな若いカップルの同棲なんて、どうせ長続きしないという父の見立ては外れて、カザネとブライアンは別れなかった。だから優秀な息子を右腕として、自分の手元に置きたい父は

『卒業後は私の弁護士事務所へ来い。さもなくば、今までお前を育てるために使った金を全額返済しろ』

 と無茶な要求をして来た。それは学費だけでなく、あの頃ブライアンが乗っていた車のお金も合わせた大金だった。


 単にいきなり巨額の返済を求められるのも困るが、ブライアンにとっては実の父に金銭によって言いなりにされることが何より堪えた。父にとって自分は命令に従うだけの人形であるべきなのかと。

 脅しに屈して父の事務所に入れば、また自分の意に沿わないことをさせられる。けれど自分が大きな借金を背負えば、生活を共にするカザネにも迷惑がかかる。

 自由か金か決断を迫られるブライアンに

「蹴っちゃえ。そんな話」

 事情を知ったカザネは、あえてサラッと言ってのけると

「生活が大変になるよりも、心のほうが大事だよ。私のために、間違っていると思うことはしないで。自分が誇れる自分で居て」

 打ちひしがれるブライアンの手を取り「私も手伝うから大丈夫」と強く励ました。

 ブライアンが弁護士になって助けたいのは、主に貧しくて立場の弱い人たちだ。流石に無償では無いが、高収入は期待できない。一方のカザネはアニメーターとして順調に活躍し、段々と収入が増えていた。ブライアンは自分たちの収入の差では、実質カザネに借金を払わせるようなものだと抵抗したが

「私が仕事に専念できたのは、私の苦手なことを全部、ブライアンが引き受けてくれたお陰だよ」

 カザネの言うとおり、ブライアンは同棲をはじめてから、ずっと彼女が仕事に専念できるようにサポートして来た。例えば、お金の管理や法的な手続きが苦手なカザネの代わりに、生活面での面倒ごとをほとんど引き受けていた。

 また染みついた貧乏性のせいで、せっかくお金を稼いでも貯めておくばかりで、なかなか使えないカザネの代わりに、生活を楽にするサービスや商品を買うことを勧めてくれた。

 カザネは両親に、自分のことは自分でするべき。無駄遣いはいけないと教えられて、苦手でも自分でやるべき。些細な不便には耐えるべきという思考癖がついていた。

 けれどブライアンが、苦手はなるべく人に任せて、自分の得意に専念すること。お金は貯めておくものではなく、幸せや便利と交換するものと教えてくれたお陰で、カザネの生活は格段に楽になった。

 そのお陰でカザネは余計なことに煩わされず、仕事に打ち込めるようになった。その仕事の成果が、収入となって返って来たのだから

「私は最初から2人のお金だと思っているんだ。だから遠慮なく使ってブライアン。お金は貯めておくものじゃなくて、自由や幸せを買うものだって、ブライアンが教えてくれたんだから」

 けれどカザネの申し出に、ブライアンは苦い顔で

「お前は本当に無防備だね。自分の通帳を俺に預けているのもそうだけど、俺が悪い男だったら今頃いいように利用されているよ」

 頼むから、自分から利用されようとしないでくれとブライアンは思った。どれだけ口で愛していると言っても、金銭的な援助を受ければ、愛は利得のための方便になる。自分たちの関係が汚れるようでブライアンは嫌だったが

「そう! 私は頼りないの!」

 カザネはあえておどけて見せると

「そんな私をブライアンはいつも支えてくれているんだから、今度は私がブライアンを助ける番」

 一方的な援助が心苦しいのはカザネも同じだ。やっと自分が役に立てる番が来て、むしろ嬉しく思っているくらいだった。

 カザネの気持ちを聞いたブライアンは眩しそうに目を細めると

「……こっちは弁護士の卵だって言うのに、お前にはなんか負けちゃうな」

 カザネの言葉や気持ちに触れると、不思議と心の強張りが解けてしまう。カザネに頼ることで、2人の関係が壊れることは無いと安心したブライアンは、目の前の彼女を抱き寄せると

「ありがとう。いい時だけじゃなくて悪い時も、当たり前のように支えてくれて」

 カザネの助力を受け入れた。
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